負け組

実は、筆者自身も子供のときから抱いてきた夢を達成できなかったという意味で負け組の一人である。いま就いている仕事は必ずしも好きな仕事ではない。むしろ若いときにこんな人生だけは歩みたくないと思っていたまさにそのような状況にいる。そして、かつての同僚の活躍を、まばゆい思いで眺めている人間のひとりだ。

ある程度年をとってくると少しは知恵がついてくるので、自分が夢を達成できなかった理由がいろいろと見えてくる。あの時ああしていれば、あれが足りなかったからうまくいかなかったのだなどと過去を振り返ると胃が痛くなることがある。まさに、マーフィーの法則に言う、

成功には必ず不思議があり、失敗には必ず理由がある。

ということである。主観的に考えれば生きていても少しも面白くない状況なのだけれど、家族がいるし、とにもかくにも健康で働けている。ありがたいという気持ちもある。人生は複雑だ。

負け組みになってひとつありがたいことは何にも縛られていないということだ。これといってすがりつきたい物もないし、体面を保つ義務もない、教養だってなくても暮らせる。キュニコス派ほどではないが気楽な生活だ。自分の生を楽しむという意味ではまさに天与の恵みなのだ。

ある意味失敗続きの人生だったが、失敗したからこそ知りえたものがあるのに最近気がついた。ほんとうに大切なのは生きていられることなのだということ。それだけでなく、いろいろな人の助けで生かされているということである。人生万事塞翁が馬で、この先どんな試練にあうかもしれないが、生かされていることのありがたさを感じていたいものだ。
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by tnomura9 | 2005-05-17 07:59 | 幸福論 | Comments(0)
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