反省

前回、「他の人より優れていなければ幸せにはならない。」というあほな信念が不幸を招いてしまうと書いたときに、それが形作られた原因が、

学校教育と親のせいだ

と口走ってしまったことを反省する。生来怠け者の自分が放っておいて勉強などするわけがない。曲がりなりにも今飯を食っていけているのは、ひとえに親と先生方のお陰である。とくに親にはいろんな援助をうけてきた。親子の行き違いもあり面と向かってはありがとうとは言い辛いが、ありがとう。

よく考えると今生きていられるのも、いろいろな人の助けがあったからこそだ。普段生活しているときはあまり助け合いなどと感じることは少ない。先生も給料を貰っているし、お客様からお金がいただけるのも、こちらからサービスを提供するからだ。しかし、それは助け合いを助け合いと感じさせない程社会のシステムが整っているからなのである。あるいは、助け合いを助け合いと感じることができないほど自分たちの心が鈍くなっているのかもしれない。いずれにせよ、経済のシステムはあっても助け合いのシステムのない社会は想像しただけで、ぞっとする。

昨今、自己責任という言葉が強調されているが、自己責任とはどういう意味なのだろう。何でも自由にやっていいが、助けてやらないよという意味だとすると、ちょっと怖い気がする。日本の経済的発展が、個人の自由と責任だけが強調される助け合いのない社会をもたらすとしたら、日本という国が住みにくい国になってはいかないだろうか。
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by tnomura9 | 2005-05-14 17:17 | 幸福論 | Comments(0)
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