劣等感

劣等感に悩むのは辛い。「あの人はどうしてああいう事をやすやすとやり遂げるのだろう。どうして自分はその10分の1のこともできないのだろう。自分はなんと惨めな人間だろう。どうしてこんな人間に生まれてしまったのだろう」。いったん堂々巡りが始まると自分に苦痛をもたらすような考えがとまらなくなる。

しかし、この苦しみは実は主観的なもので、事実とは関係ないのである。お金を持っていることがすばらしいことだと考えるなら、50万円持っている人は、100万円持っている人を羨み、その100万円持っている人も、1000万円持っている人に劣等感を持つことになる。しかし、いずれの場合も自分が50万円あるいは100万円持っているという事実を無視しているのである。

そこで一念発起して劣等感を克服するために勉強や鍛錬をやり遂げると、今度は優越感という盲目状態にとりつかれてしまう。「俺はこんなこともあんなこともできるのに他の人はできないようだ。なんでこんな簡単なことも分からないのだろう。俺になんでも聞くがいい、俺は万能なのだ」。この時点でこの人は自分ができることとできないことの区別ができなくなってしまっている。劣等感は優越感の裏返しだと昔から言われているがどちらも盲目状態だということに変わりはないのである。

劣等感にしろ、優越感にしろ、それは自分に対するイメージであって実態を見ているわけではない。いずれも脳のニューロンの発火現象にすぎず、それが行動化されない限り実害はない。しかし、それが行動化されるとたいていの場合不都合が発生してしまう。どちらもあまり有効な考えではないのである。

結局、劣等感を克服したり、優越感を抑えようと努力したり、無駄なエネルギーを使うことに意味はないのである。本当に必要なのは、何が実際に起こっていることなのかを知り、適切な行動を自分がとることができるように自己鍛錬することなのである。
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by tnomura9 | 2005-05-13 07:48 | 幸福論 | Comments(0)
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