分出公理

ツェルメロ=フレンケルの公理系 (ZF: Zermelo-Fraenkel) についてイメージを作ってきたこのシリーズの記事も、外延性の公理、空集合の公理、対の公理、和集合の公理、冪集合公理、無限公理を調べてきて、分出公理をのこすのみになった。ウィキペディアには分出公理の代わりに置換公理を上げてあるが、分出公理のほうがイメージを作りやすいのでこちらのほうを調べてみる。

公理的集合論の抽象的な公理について考えてみてきたが、意外にイメージを作りやすかった。外延性の公理、空集合の公理、対の公理、和集合の公理、冪集合公理によって、空集合を出発点にして再帰的に無限に有限集合を作ることができる。また、無限公理によって、それらの要素を無限に含む無限集合が定義できる。しかし、集合という対象はこれらの公理で作り出すことができるが、それらに論理的演算を適用する方法は定義されていない。それを行うのが分出公理だ。

ところで、公理的集合論が考え出された一番の理由はラッセルのパラドックスだ。ナイーブな内包公理を素朴集合に適用するとラッセルのパラドックスが発生してしまう。問題は、上の公理で規定された集合がラッセルのパラドックスを除外できているかどうかだ。

上の公理で規定された集合のうち、有限集合は自分自身を要素として含むことはない。また、これらの集合で作られる自然数の集合の要素もすべて有限集合なので、無限集合である自然数の集合は自分自身を要素として含むことはない。したがって、「自分自身を要素として含まない集合の集合は自分自身を要素として含むか」というラッセルのパラドックスの問いは成立しない。

また、すべての集合の集合は、空集合から生成されるのは有限集合ばかりなので、すべての集合の集合という無限集合はそれには含まれない。したがって、空集合から生成される有限集合全てに自然数の集合という無限集合を合わせてもすべての集合の集合を公理系から生成することはできない。したがって、カントールのパラドックスもこれらの集合では発生しない。

あとは、制限された内包公理がそのようなラッセルのパラドックスのような困った集合を作り出さなければいい。制限された内包公理である分出公理は次のようになる。
分出公理 任意の集合 X と A を自由変数として使用しない論理式 ψ(x) に対して、X の要素 x で ψ(x) をみたすような x 全体の集合が存在する
これはざっくりというと、何か既知の集合を全体集合と考えて固定すると、その要素の集合を内包的定義で定めることができるということだ。すべての集合の集合とか、自分自身を要素として含まない集合のようなものは、もとになる全体集合を仮定していないので集合として定義できない。

内包公理と集合との同等性があれば、論理式をそのまま集合に置き換えて論議することも、逆に集合の議論を論理式に変換することも可能になるので便利だが、そうは上手くいかなかった。しかし全体集合を考えることで、その全体集合の中では論理式と集合の同等性を保証することができるということで実用的にはいろいろな数学的な議論に集合を利用することができる。

全体集合を考えるという制限を課すことで、公理的集合論に安全に論理を導入できることになった。

全体集合の重要性は、集合の演算を考えるときのベン図のことを考えればわかる。命題は真か偽かのどちらかの値をとる。それに対応する真理集合は真理集合とその補集合が必要になるが、全体集合がなければ補集合を定めることができない。二値論理を集合に適用するためにはどうしても全体集合が必要なのだ。

公理的集合論の世界は、このような、空集合から生成される無限の有限集合と自然数の集合という無限集合と、全体集合という制限の下での内包公理からなる、無矛盾な集合の世界のようだ。

公理的集合論についての記事はこれで終わるが、この記事を書こうと思った理由は、公理的集合論の公理が大半が再帰的定義だということに気が付いたことだ。再帰関数の定義は抽象的になりやすくイメージを作りにくい。

fact 1 = 1
fact n = n * fact (n-1)

また、再帰関数の値の計算は、次に示す階乗の計算のように関数値を再帰的に還元することによって求められる。

fact 3 = (3 * (fact 2)) = (3 * (2 * (fact 1))) = (3 * (2 * (1))) = 6

ところが、これは base case から出発して生成的に計算していくと途端に見通しが良くなる。

fact 1 = 1
fact 2 = 2 * (fact 1) = 2
fact 3 = 3 * (fact 2) = 3 * 2 = 6

したがって、公理的集合論の抽象的な定義も base case から生成的にその定義で作られる集合を調べていったら分かりやすいのではないかと考えたのだ。この目論見は上手くいったのではないかと思う。一連の記事によって公理的集合論の7つの抽象的な公理から具体的なイメージを作ることに成功したような気がする。

もちろん専門家ではないので基礎知識も少なく間違ったことを言っているのかもしれないが、少なくとも、再帰的定義を生成規則として捉えることで、抽象的な公理から具体的イメージを作り出すことが比較的容易にできるのではないかという問題提起にはなったのではないかと思う


[PR]
by tnomura9 | 2018-02-03 21:14 | ラッセルのパラドックス | Comments(0)
<< 集合と論理 無限公理 >>