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含意の真理表はどうして決まるのか

1. 含意の真理値表

今、『論理学をつくる』戸田山和久著を読んでいる。分厚い本だが、教科書に書いてないことがたくさん説明してあって、なるほどそういうことだったのか目からウロコの内容が多い。その中で含意の真理値表がどうしてあのようになるのかの説明があってよくわかった。

A | B | A -> B
T | T | T
T | F | F
F | T | T
F | F | T

前件 A が 真 の時は、B が 真 の時は A -> B が真であることは当然だし、B が 偽 の時は A -> B の含意が偽であることも納得できる。しかし A が偽の時 B が真でも偽でも A -> B が真である理由がわからない。

このように前件が偽の場合の含意 A -> B の真理値については、納得できない部分がある。しかし、前件が偽なら含意は常に真であるのは、「逆また真ならず」(つまり A -> B が真でも B -> A が真であるとは限らない)ということと、A -> B かつ B -> C が真であれば A -> C も真であるという含意の推移律が成立するためには必要な条件なのだ。

2. 含意の真理値表の自明な部分

最初に、A の真理値が T の時の含意 A -> B の真理表は次のようになる。

A | B | A -> B
T | T | T
T | F | F

ここで、V(x) を命題 x の真理値を表す関数とすると、V(A) = T のとき V(B) = T ならば当然 V(A -> B) = T である。また V(A) = T の時 V(B) = F ならば当然 V(A -> B) = F だ。ここでは A -> B の真理値表と直感的な含意の性質とのずれはみられない。問題は次のように、前件 A について V(A) = F のときだ。

A | B | A -> B
F | T | ?
F | T | ?

この時の A -> B の真理値は A -> B が満たすべき性質によって決まる。

3. 逆また真ならず

まず、A -> B の満たすべき性質として、「逆また真ならず」という推論の性質がある。つまり、A -> B が真であるからと言って必ずしも B -> A が真ではないということだ。「煙草を吸うと肺がんになる」という場合、「肺癌であるから煙草を吸う」とは言えない。肺癌であっても煙草を吸わない人がいるからだ。

そこで、V(A) = F で V(B) = T の時に「逆また真ならず」が成立するためには A -> B の真理値がどうなればよいのかを考えてみる。まず、V(A -> B) = F であると仮定すると、これは V(B) = F, V(A) = T のときの B -> A の真理値と一致する。この場合ほかのV(A), V(B) の組み合わせの場合も V(A -> B) = V(B -> A) となってしまうから、 A と B の真理値のどんな組み合わせについても A -> B と B -> A の真理値が一致してしまう。したがって、「逆また真ならず」が真理値表で表現されるためには、V(A) = F で V(B) = T の時は A -> B の真理値は T であって、B -> A の真理値とは異なっていなければならない。

4. 推移律

次に、推移律(A -> B かつ B -> C ならば A -> C) について考えてみる。つまり、

((A -> B) ∧ (B -> C)) -> (A ->C)

について、V(A) = T, V(B) = F, V(C) = F の場合を考えてみる。この時 V(A->B) = F, V(B -> C) = 不定, V(A -> C) = F である。V(B -> C) = 不定というのは B -> C の V(B) = F, V(C) = F の時の真理値が決まっていないからだ。仮にこの時 V(B -> C) = F であるとすると、上の推移律の含意の真理値は F になって、推移律が成立しないことになる。

したがって、V(B) = F, V(C) = F の時は V(B -> C) = T でなければならない。つまり、含意 A -> B について、V(A) = F, V(B) = F のときは V(A -> B) = T である。

含意で前件が偽なら後件の真偽にかかわらす含意の推論は真であるというのは、記号論理学以前から分かっていたということだが、命題論理の含意の「逆また真ならず」と「推移律」が成立するためにも必要なことだったのだ。

命題論理は教科書では数ページの解説で済んでしまうが、素人目線から「分からないことは分からない」と開き直ると色々とその豊かな内容が見えてくる。

by tnomura9 | 2016-08-28 11:48 | 考えるということ | Comments(2)
Commented by scherzoso at 2019-02-05 16:57 x
ご多分に漏れず、私も「含意」(論理包含)P→Qの真理値表に関してはいまだに納得できないものがあります。含意の真理値表の日常的常識との乖離・矛盾に端を発して「古典論理」から「様相論理」とか「直観主義論理」といった論理学の発展・展開が見られたようですね。

私は差し当たり(現時点で)は、この含意に関しては以下のように納得しているのですが、どのようにお考えになるでしょうか。

『前件 A が 真 の時は、B が 真 の時は A -> B が真であることは当然』とのことですが、考えてみれば、必ずしも自明とは言えないように思われます。

もし当然だとすれば、それはAとBの間に因果関係(順序関係)があるという前提に立ってのことだと思われます。たんにA、Bがそれぞれ真であったとしても、論理的二項関係としての含意が真であることは論理的に自明とはいえないのではないてじょうか。むしろ、含意とは、前件が偽、または後件が真のときに真となるように規約された論理的二項関係と理解する方がむしろすっきりするような気がします。

つまり、2つの命題A、Bに対し、含意の真理値表によって定義される論理演算を、記号でA→Bと書き、これは「AならばB」と読む、つまりそれはあくまでも、定義の記号であり、読み方に過ぎないと考えてはどうかと思います。

要するに、含意「A→B」とは、Aが偽、Bが真のときに真となるように定義された論理的二項関係と考えればよいのではないかと、今のところ考えています。

混乱が生じるのは、含意の読み方を因果関係を含意する「ならば」としたところに原因があるように思います。
Commented by tnomura9 at 2019-02-05 22:21
sherzoso さんコメントありがとうございました。

A -> B が2項演算であると割り切るのが分かりやすいというのはその通りだと思います。

ただ、A -> B と「ならば」との関係は、「A であるのに B でないことはない」と考えるのだと読んだことがあります。これを論理式にすると、¬(A ∧ (¬B)) です。これは、ド・モルガンの法則から ¬A ⋁ B です。この論理式は A が偽であるかまたは B が真であるときに真です。

また、この性質は推論図を作るときにも有用です。B が真であれば A が真であろうと偽であろうと A -> B は真となるからです。

A -> B の真理値をこのように考えついた人が誰なのか知りませんが、素晴らしい洞察だと思います。
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