代入公理と自己言及

ユークリッドの『原論』の最初の3つの公理は次のようになっている。

1. 同じものに等しいものは、互いに等しい
2. 同じものに同じものを加えた場合、その合計は等しい
3. 同じものから同じものを引いた場合、残りは等しい

これは次のような等式があったとき、変数を任意の数や変数で置き換えても等式が成り立つ、つまり、変数への代入が正当な操作であることを保証している。

(x + y)^2 = x^2 + 2*x*y + y^2 ・・・・ (1)

上の等式の変数は特定の数を表しているのではなく、右辺の x と左辺の x が同じものであることを示しているだけだ。したがって、x を z に置き換えて(代入して)次のようにしても等式の正当性は変わらない。

(z + y)^2 = z^2 + 2*z*y + y^2 ・・・・ (2)

つまり、最初の等式は具体的な数の計算ではなくて数の計算についてのスキーマを示している。

このことから、等式 (1) に適当な数値を選んで、たとえば、 x = 1, y = 2 を代入しても、

(1 + 2)^2 = 1^2 + 2*1*2 + 2^2
3^2 = 1 + 4 + 4
9 = 9

と等式の正当性は成立する。このように、数学において代入の考え方は根本的なもので、代入によって矛盾が発生するなどということは考えられない。

ところが、ラッセルの集合 R を次のように定義すると代入公理の正当性が少々怪しくなってくる。

x /∈ x ⇔ x ∈ R

これは、ある要素が自分自身を要素として含まなければそれはラッセルの集合 R の要素でありそのときに限るということを示している。この論理式には何の問題もないように思われる。x は変数なので任意の要素を代入できる。たとえば「犬の集合」D はそれ自身を要素としては含まないので、次のように論理式は成立する。

D /∈ D ⇔ D ∈ R

すなわち、D は R の要素である。x は変数なのでどのような要素を代入してもよいはずだ。ただし、要素 a を上の論理式に代入したとき論理式の左辺の論理値が真であれば、a は R の要素であるし、偽であれば a は R の要素ではない。

ところがラッセルの集合の定義式の x に R 自身を代入すると次のようにパラドックスになってしまう。

R /∈ R ⇔ R ∈ R

上の論理式に従うと、R が R の要素でなければ、R は R の要素でなければならず、R が R の要素であれば、R は R の要素ではない。代入という操作は数学の根本的な公理であるにも関わらず、パラドックスが発生してしまうということは数学に欠陥があるということなのだろうか。

ここで、最初の数式 (1) がスキーマであるということに注目してみよう。

数式の変数はある特定の値を表しているのではなく、左辺と右辺の変数が同じものであるということを示しているだけだ。それゆえに変数の x や y の値をどのような数や数式で置き換えても、スキーマの正当性には影響がなかった。

このことは、変数に代入する値と数式の間の独立性が代入の場合には要求されるということを示している。変数に代入する値と数式の意味が何らかの理由で関連しており、代入した値によって数式のスキーマの意味が変わってしまえば代入の正当性は崩れてしまう。

しかしラッセルの集合の定義の x に R 自身を代入する場合、代入という操作によって定義の論理式自体の意味がかわってくる。つまり本来なら変数 x と定数 R の間になんの論理的関連性もないのがスキーマの要件であるにも関わらず、要素である R と 集合である R の間には論理的な関連性が発生してしまう。そのために、ラッセルの集合の定義のスキーマ性が崩れてパラドックスになってしまうのだ。

これは、村人のうち自分の髭をそらない人の髭を剃る村の床屋の例にも当てはまる。村の床屋は自分以外の村人の髭はそのルールによって自由に剃ることができる。しかし、自分自身の髭を剃ろうとすると、そのルールに従うと剃ることも剃らないこともできないというパラドックスに陥ってしまう。それは、床屋の髭を剃るという操作と、自分自身の状態とのあいだに関連性が発生してしまうために、スキーマに代入を適用することができなくなるからだ。

床屋は他の村人の髭を自由に剃ることができるが、その場合髭を剃る床屋と、剃られる村人という二人の人が存在する。床屋と村人の間には内在的な関連性はないので、どの村人に対してもスキーマは破綻しない。ところが床屋が自分の髭を剃ろうとするときは、そこには床屋が一人しかいない。床屋が髭を剃るという操作と、自分自身の髭を剃るという状態が関連してしまうので、スキーマとの独立性が崩れパラドックスになってしまう。つまり、床屋が村人の髭を剃る状況と、自分の髭を剃ろうとする状況にはあきらかな差がみられるのだ。

このようにラッセルの集合の定義では、自己言及のために、そのスキーマに対し変数への代入の独立性が崩れ、代入公理を適用できないことが分かる。

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by tnomura9 | 2016-05-01 10:41 | 考えるということ | Comments(0)
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