前回の記事で、群の要素である操作のイメージとして三角形を台紙の三角枠に重ねる操作が使えるということを述べた。紙でこしらえた正三角形と台紙のおもちゃを使って、正三角形を台紙の枠に重ねる方法を「操作」と考えようということだ。詳しくは、台紙の三角形の枠の位置を三角形の最初の位置とした時に、その三角形を裏返したり回転させたりしてもとの位置に重ねあわせることができるが、台紙の枠の頂点の数字と正三角形の数字の対応関係で三角形を重ねる操作を記述してみようということだ。
1.操作の記述 言葉で説明しても抽象的になってしまうので、手を動かしてみよう。 前回の説明で紹介した正三角形の紙片と台紙を用いて三角形を操作してみる。ところで、メモ帳から切り取った正三角形も、台紙の正三角形の枠もどちらも正三角形なので紛らわしい。説明の都合上、正三角形に切り取った紙片のほうを正三角形とよび、台紙の正三角形は三角枠と呼ぶことにする。 最初に、台紙の三角枠の頂点には上から反時計回りに 1, 2, 3 という番号がふられているが、それと三角形の頂点の数字が一致するように、すなわち上から反時計回りに 1, 2, 3 となるように正三角形を三角枠の中に置いてみる。つまり、三角形を最初の位置から全く動かさない操作だ。これに a1 という名前をつける。a1 は何にもしないという操作になる。また、a1 という操作では三角枠の 1, 2, 3 の位置に正三角形の頂点の 1, 2, 3 が並ぶので (1, 2, 3) -> (1, 2, 3) と書くことにする。数学では置換の記号を使ってもっとスマートにかけるのだが、パソコンの入力の都合上次のような表現をする。 a1 : (1,2,3) -> (1,2,3) 次に正三角形を時計回りに120度回転して、台紙の三角枠に重ねてみる。この回転操作を a2 とすると、これは次のように表記できる。 a2 : (1,2,3) -> (2,3,1) さらに正三角形を一旦最初の位置に戻して今度は時計回りに240度回転させてみる。最初の位置から240度回転させる操作を a3 とすると、a3 は次のように表記できる。 a3: (1,2,3) -> (3,1,2) 今度は最初の位置から正三角形を時計回りに360度回転させて三角枠に重ねる操作を考えてみるが、かりにこれを a' とすると、 a' : (1,2,3) -> (1,2,3) となって、a1 と区別がつかなくなるので、a' という操作は採用しないことにする。 再び正三角形を最初の位置に戻して今度は裏返しにして三角枠に重ねてみる。この操作は上の a1, a2, a3 のどれとも異なる操作なのでこれを a4 とする。a4 は次のようになる。 a4 : (1,2,3) -> (1,3,2) a4 では三角枠の 2 と 3 の位置が正三角形では 3, 2 になっている。正三角形の頂点に数字を割り当てるのに、表側と裏側の数が同じになるようにしているからだ。このことで、a4 が三角形を裏返す操作であることがわかる。 次に正三角形を初期の位置から時計回りに120度回転した後に裏返すという操作を a5 とすると、これは次のようになる。 a5 : (1,2,3) -> (2,1,3) 最後に正三角形を初期の位置から時計回りに240度回転しさらに裏返す操作を考える。これを a6 とする。 a6 : (1,2,3) -> (3,2,1) 詳しい説明は省くが、正三角形を三角枠に重ねる操作はこの a1 ... a6 の6つで全てになる。この6つの操作を要素とする集合が正三角形を重ねる操作の群の実体だ。(上の操作は見方を変えると数列 1, 2, 3 の置換と同じになる。一つの操作は一つの置換に対応するので、操作の種類は 3! = 6 通りになる。) 2.操作の結合 正三角形を三角枠に重ねる操作を色々と行ってみると、操作に操作を重ねることも可能であることがわかる。つまり操作の連結である。例えば、正三角形を初期の位置から120度時計回りに回転し、もう一度時計回りに120度回転することができる。これを a2a2 で表すことにする。最初の回転が右側の a2 で2回めの回転が左の a2 になる。これはどのような操作になるだろうか。 a2 : (1,2,3) -> (2,3,1) だから、三角枠の 1 には正三角形の 2 が並ぶことになる。これを 1 -> 2, と書くことにすると 2 -> 1, 3 -> 3 だ。つまり元々正三角形の頂点の 1 があったところが頂点 3 に置き換えられ、頂点2があったところが頂点の 1 に頂点 3 があったところが正三角形の頂点 2 に置き換えられている。a2 という操作は見方を変えると正三角形の頂点の置き換えとして考えることができる。 この状態の正三角形にさらに a2 という操作を適用したらどうなるだろうか。正三角形の頂点の位置は今は (2,3,1) になっているから、これに a2 を適用するということは、頂点の移動が 2->3, 3->1, 1->2 で行われるので a2a2 : (1,2,3) -> (2,3,1) -> (3,1,2) つまり、 a2a2 = a3 : (1,2,3) -> (3,1,2) となる。このように正三角形の重ね合わせ操作の群の要素は結合すると、その群の他の要素の一つと一致することがわかる。また、a1 ... a5 の要素のどの二つをとって結合しても、その結合の結果は群の中の要素の一つと一致する。 a2 と a2 の結合の求め方は正三角形モデルを使うともっと簡単になる。a2 は正三角形を120度回転させる操作だからそれをもう一回行うと240度回転させる操作となるので、結局 a3 と同じ操作になる。 3.単位元の存在 群の要素はどの2つを結合してもやはり群の要素になることがわかった。そこで、a1 と他の元を結合したらどうなるだろうか。a1 という操作は何もしないという操作だったから、他のどの元と結合しても結合した操作と元の元と操作が変わらないだろう。すなわち、 a1a2 = a2a1 = a2, a1a3 = a3a1 = a3, ... , a1a6 = a6a1 = a6 である。この a1 のような元を群の単位元と呼ぶ。 3.逆元 a2 と a3 を合成した場合を考えてみよう。 a2 : (1,2,3) -> (2,3,1), a3 : (1,2,3) -> (3,1,2) だから、 a2a3 : (1,2,3) -> (2,3,1) -> (1,2,3) となる。すなわち a2a3 = a1 : (1,2,3) -> (1,2,3) a2 と a3 のように結合が単位元 a1 になるようなものを互いに逆元であるといい a2-1 = a3, a3-1 = a2 のように表す。 a2a3 = a1 は正三角形を動かしてみると簡単にわかる。a2 は120度回転で、a3 は240度回転だから a2 と a3 の回転を続けると元の状態に戻る。これは結局正三角形を動かさなかった操作と同じだから a1 に等しい。 イメージ的には、a2 の逆元は正三角形を反時計方向に120度回転させる操作のようだが、a1 ... a6 の中には反時計方向に正三角形を120度回転させる操作はない。感覚的にはこのほうが逆元のイメージにふさわしい気がする。しかし、正三角形を240度時計方向に回転させた場合と、正三角形を反時計方向に120度回転させた場合の正三角形の位置がおなじになるのは実験してみればすぐにわかる。したがって、やはり a2 の逆元は a3 なのだ。 4.結合法則 3つ以上の操作を結合させる場合、二通りの結合の仕方が考えられるが、そのどちらの方法でも同じ操作になるというのが結合法則だ。例えば、 (a3a2)a4 = a3(a2a4) である。a3a2 は正三角形を240度回転して更に120度回転させるから元の位置になるすなわち a3a2 = a1 だ。したがって a1a4 = a4 だから、(a3a2)a4 = a4。また、a2a4 は120度回転させて反転する操作だ。したがって a3(a2a4) は240度回転させたものに、120度回転させて反転するという操作を加える事になるから a3(a2a4) = a4 結局結合の順序によらず最終的な操作は一致する。 5.群の定義 群の厳密な定義は次の4つの条件を満たしている。 (1)集合G = {a1,a2, ..., an, ...} は有限もしくは無限の集合でその上に2変数の関数φ(a,b)=c が定義され、その値は常に G に属する。このφ(a,b)=c をab=c で表す。 (2)任意の3要素 a,b,c に対して結合法則が成立する。(ab)c = a(bc) (3) G は ae=ea=a なる要素 e を含む。このような e を単位元という。 (4)G の任意の要素 a に対して、aa-1 = e になるような a-1が G に含まれる。a-1 を a の逆元という。 以上4つの条件を満たす集合 G を群という。 正三角形を回転させたり反転させたりする操作をひとつの要素として、その要素をあつめた集合 G が群なのである。操作というと何かの行動であってはっきりと見える物ではないが、そのような機能を要素とする集合を考え、その要素間の結合といういわば操作の演算が G に定義できるというのが群の面白さだ。 この群の要素は「操作」であるという考え方がわかると、自己同型群などの抽象的な概念がわかりやすくなる。 このように抽象的な概念にイメージやモデルを与えることで、抽象概念の意味を理解し操作できるようになる。群の要素の操作を正三角形の回転や反転としてイメージすることで、操作という目に見える物ではないものに a1, a2, ..., a6 などの名前を割り当てることができて、あたかもひとつの物であるかのように扱うことができる。 また、a2a3 のような操作の結合も、ひとつの操作を行った後別の操作を続いて行うことだとしてイメージすることができる。目に見えない概念をイメージ化することによって、操作可能な具体的なアイディアに変えることができるのがわかる。 群にたいしてどのようなイメージを与えるかということは大切なことで、例えば整数の集合は群の条件を満たしているが、数を操作として見るのは工夫がいるだろう。どのような具体的なイメージを持つかということは、抽象概念を理解する上で本質的なものである。 また、教科書の文章を読んでも難解だったものが正三角形のおもちゃを操作することで、感覚的に理解したと感じることができる。抽象的な概念と文章表現は少々相性が悪いようだ。パソコンの操作なども本で読むよりビデオを見たほうがわかりやすいし、インストラクターに教えてもらうともっとわかりやすい。抽象的な概念を効率よく伝達することは知識の発展のために必須の要素と思われるが、このようなインタラクティブな教材がその鍵となるのではないだろうか。
by tnomura9
| 2015-06-01 23:41
| 考えるということ
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