禅では公案というものを修行者に与えるそうだ。簡単に解けないような謎をひとつ与えてそれを考え続けさせる。その謎を解いていく過程で修行者は悟りを開いていく。
例えば「隻手の声如何」というのがある。両手で手を叩くと音が出るが、片手の音を聞いてみよという問いだ。片手で音が出る訳がないので、隻手の声とは音の可能性でしかない。しかし両手がそろってたたくと音が発生する。その音を発生させるためには隻手は必須条件だ。隻手だけでは音は発生しないが、隻手がなければ音はでない。物事には個というものはなく、全ては他の条件との相互作用でしか存在しないというと仏教の因果の説明になるのかもしれない。禅風の回答をしようと思ったら、導師の前で涼しい顔でポンと両手を打てばいいのだ。涼しい顔というのがポイントだ。 上の答えが正答かどうかは禅の修行者ではないので分からない。しかし、ここで言いたかったのは、本を読むときにこの公案のように考え続けるという事が大切ではないかということだ。難解な表現に出会ったとき、そこで本を読み続けるのをやめて、数日間あるいは数週間考え続けるという事だ。 疑問に思った問題を頭の中にとどめておいて、ああでもないこうでもないと考え続ける事だ。このときに大切なのは自問自答することだ。その問題の解答や解答へのアプローチについて思いついたら、それに関して肯定的立場や、否定的立場などの色々な観点から検討する。本来は、他の人との対話で行うような作業を、自分の頭の中で行うのだ。ソクラテスの問答法を自分の頭の中でだけおこなう事になる。 こういう操作を時間をかけて行っているうちに、だんだんと難解であると思っていた本の記述の意味が分かってくる。問題を種に頭の中で発酵させていく感じだ。これには時間をかけることが必須の条件なのは、パンの発酵と同じだ。 この頭の中の発酵は、もうひとつの副次効果を発生する。それは、いろいろと考えていた事がひとつのパターンに収束して、思考のジグソーパズルが全てはめ込まれたときに、分かったという喜びが起きてくるという事だ。曖昧だった諸条件がひとつのパターンとして相互に関連し合ったときに喜びという感情が発生する。アルキメデスのエウレカだ。これも公案の効果のひとつではないだろうか。 ソクラテスの問答法を利用して、自問自答という形でアイディアを頭の中で発酵させる。このやり方に慣れてきたら、考えるということ自体が楽しくなってくる。
by tnomura9
| 2014-04-28 08:26
| 考えるということ
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Comments(2)
挨拶が遅くなりました。初めまして自由びとでする。 本日、このブログを発見しました。 私の智的欲求を充足してくれそうな内容なので、好奇心が湧いています。 今後も、宜しくお願いします。 問い~>片手の音を聞いてみよという問いだ… 答え~>導師の前で涼しい顔でポンと両手を打てばいいのだ。涼しい顔というのがポイントだ。 この理由について以下のように考えました。 これは、片手で叩いた音ではなく、片手の音なので、両手で叩いて、自分の意識を「片手の音」に集中する事、と理解しました。 両手で叩いても、その音=右手の音+左手の音、なので、自己の意識の上で、左右の音を分離して聞く、という事。 具体的には、両手を左体側に持っていって、頭を右体側に持っていき、右手の音を聞く、次に反対の事をして、左手の音を聞く、といったように… もし、「片手で叩いた音」ならば、私なら、自分の片手と導師の片手とで叩いた音、と答えるでしょう。 ある本に書いてありました。 禅の公案とは、その問題を正しく解く事が目的なのではなく、その問題を如何様にも解ける実力の確認と維持、が目的である~と。 その本の考え方に則って、私も思惟してみました。
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tnomura9 at 2014-06-02 12:49
自由びとさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
「隻手の声」は問題自体が魅力的ですね。しかし、答えの方は禅には素人なので全く自信がありません。自由びとさんの答えもなるほどなと思います。むしろ、自由びとさんがコメントの最後で書かれていたように、問題そのものよりもそれを解こうとする思考力のほうが大切であるという意見には全く同感です。
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