人気ブログランキング | 話題のタグを見る

イコライザー equalizer

音響機器のイコライザーの働きは、周波数特性の違うマイクやスピーカーやレコーダーの周波数特性を調節して均一化 equalize するものだ。

圏論のイコライザーにも似たような均一化のはたらきがある。f, g という2つの異なる A -> B の射があるとき、対象 A における f, g の定義域をその部分集合に制限することによって、その定義域では f(x) = g(x) になるようにする射 e : C -> A を f と g のイコライザー equalizer という。e : C -> A の像は必ず A の部分集合になることに注目するとその意味が分かる。

圏論のイコライザーの定義は次のようになる。

射 f, g : A -> B において、射 e : C -> A が存在して、次の条件 (1), (2) を満たす時、e は f と g との『イコライザー」 equalizer と呼ばれる。

(1) f . e = g . e
(2) 任意の h : D -> A について、f . h = g . h であるなら、h = e . k である k : D -> C が一意的に存在する。

上の条件のうち (1) は、 e で規定される A の部分集合が始域となるとき f = g であることを示している。つまり f と g の始域 A をその部分集合に制限すると f と g が同じ関数になってしまうということだ。関数 f と g の共通部分と言ってもいい。

(2) は e で指定するような A の部分集合はたくさん考えることができるが、そのどれもが e が指示する A の部分集合のそのまた部分集合になるということだ。言い換えると、e は f = g を満たす A の部分集合のうちの最も大きい部分集合を指定しているということだ。

(2) の定義の h はそのような A の部分集合を像とする関数だ。また、k は C の部分集合を像とするので h = e . k は C の部分集合から A の部分集合を定める射になる。

e が equalizer であるためには h = e . k となる k は一意的でなければならない。これは後で述べる論証で重要な性質となる。集合の圏 Set の場合 k が一意的であるための条件はなんだろうか。h : D -> A, e : C -> A, k : D -> C で h = e . k となるとき、D = {d1, d2, d3} で C = {c1, c2}, A = {a1, a2, a3, a4} であったとする。このとき各射(写像)が次のようになっていれば、h = e . k が成立する。

h : d1 -> a1, d2 -> a1, d3 -> a2
e : c1 -> a1, c2 -> a2
k : d1 -> c1, d2 -> c1, d3 -> c2

この場合 h, e に対して k はひと通りしか考えられない。それでは、次のような場合はどうだろうか。

h : d1 -> a1, d2 -> a1, d3 -> a1
e : c1 -> a1, c2 -> a1
k : d1 -> c1, d2 -> c1, d3 -> c2

この場合も確かに h = e . k は成立する。しかし、この場合は次のような k' の場合も h = e . k' となって、k : D -> C が一意的とは言えなくなってしまう。

k' : d1 -> c1, d2 -> c2, d3 -> c2

したがって、どのような h : D -> A に対しても k : D -> C が h = e . k かつ k が一意的であるためには e が特別な性質を持っている必要があることがわかる。

equalizer について長々と書いてきたが、実は、この記事ではそれが主眼ではなく e の性質を論証するのに射と射の関係を考えるだけでよいということを示したかったのだ。mono や epi のような射が射の関係だけで定義されていれば、あとの論証はその射と射の関係を利用して、射の間の構造を調べるだけで論証を勧めることができる。

それでは本題である次の定理について考えてみよう。

定理:
圏 C において、e : C -> A が f, g : A -> B なる f と g との equalizer であるなら、e は mono である。

e が mono であることを証明するためには、適当な対象 D を考えて、h, k : D -> C について e . h = e . k ならば h = k であることを論証すればいい。そこで仮に e . h = e . k であると仮定してみる。このときどのようなことが起きるだろうか。

まず、利用できそうな射と射の関係を列挙してみる。

1) e . h = e . k (仮定から)
2) f . e = g . e (e が equalizer だから)
3) y = e . x のとき x は一意的 (e が equalizer だから)

上の関係を利用すると次のような射の合成の性質がわかる。

f . (e . h) = (f . e) . h

これは圏では射の合成が結合的であることからわかる。推論を先に進めてみる。

f . (e . h) = (f . e) . h = (g . e) . h = g . (e . h)

つまり、

f . (e . h) = g (e. h)

このことは、(e . h) が equalizer の定義で述べた h (左の h とは異なるので注意!)に (e . h) が相当していることがわかる。したがって、e が equalizer であることから、

(e . h) = e . h

であれば h は一意的である事がわかる。同じような推論が k についても行われるので、次の2つの式を見比べることによって h = k であることがわかる。

(e. h) = e . h (ただし、(e . h) : D -> A)
(e. k) = e . k (ただし、(e . k) : D -> A)

したがって、e . h = e . k のとき h = k だから、e は mono であることがわかる。

このように、圏論では射と射の間の関係について論証するだけで、上で述べたような対象の要素に対する検討をしなくても射 e の性質を調べる事ができる。

圏論についての記事は当分これで終わりだ。まだ、それ以上のことを理解していないからだ。しかし、これで、圏論が射のみを用いて推論を行うことや、圏論で常に現れる図式の意味がわかった気がする。
by tnomura9 | 2014-04-10 18:51 | 圏論 | Comments(0)
<< 積 product 部分対象 (subobject) >>