アリストテレスの解決

ゼノンのパラドックスに、「飛ぶ矢は飛ばない」というのがある。飛んでいる矢のどの瞬間を取っても矢は静止しているはずだから、つまり、矢が飛んでいる間の全ての瞬間に矢は静止しているのだから、矢は運動しているとは言えないという議論だ。

『ツチヤ教授の哲学講義』 土屋賢二著、文春文庫 によると、アリストテレスはこの議論が間違いだと指摘した。物が静止していると言えるのは、一定時間に同じところにその物がとどまっている場合であり、運動していると言えるのは一定時間に物の位置が変わる場合だ。瞬間に静止しているということは、時間の経過がないので、そのものが静止していると主張することはできない。それゆえに、瞬間に矢が静止しているという主張は誤りだという議論だ。鮮やかな解決法だ。

確かに、瞬間には時間の幅がないわけだから、物体の位置の情報は得られても速度の情報を得ることはできない。逆に一定時間の物体の動きを観察すると、位置の情報はぼやけてしまう。高速度撮影でも、非常に高速な物体の写真の像にはブレが出てしまうからだ。動いている物体の瞬間の像を得るためには、高速度カメラのシャッターは、開くと同時に閉じていなければならない。そういうカメラを作るのは無理だろう。現実的には、動いている物体の瞬間の姿をブレなく撮影するのは不可能だ。動いている物体の瞬間の姿というのは、頭の中でだけ考えることができる影像だ。ゼノンの場合、この頭の中でだけしか実現できない影像を元に推論したわけだ。

しかし、高速度カメラのシャッタスピードを実用上瞬間と言えるレベルに上げることはできる。瞬間そのものは捉えられないが、いくらでも瞬間に迫ることはできる。微分積分学の威力だ。

2300年も前のアリストテレスの慧眼に脱帽だが、ゼノンのパラドックスには十分楽しませてもらったので、このアリストテレスの解決を知らなくてもよかったかなという気もする。解答のわかっているパズルなど楽しくもなんともないからだ。

蛇足だが、「アキレスは前方を走る亀に永遠に追いつけない」というアキレスと亀のパラドックスに対しても回答することができる。アキレスと亀のパラドックスというのは、アキレスという足の速いので有名な英雄が亀と競争したときに、亀がアキレスより先の位置から出発したら、アキレスはどうしても亀に追いつけないという議論だ。アキレスが亀のいた場所にたどり着く頃には、亀はその時間に少し先に行っている。したがって、無限にこの手順を繰り返してもアキレスは亀に追いつけない。それゆえ、アキレスが亀に永遠に追いつくことはないというパラドックスだ。

しかし、アキレスが亀のいた場所に達する時間は、等比数列的に減少するので、無限回に足しあわせたとしてもそれは有限の時間つまりアキレスが亀に追いつくまでの時間を超えない。したがって、上の手続きで無限に観察時刻を設定してもアキレスが亀に追いつく時刻に到達しないが、「アキレスが永遠に亀に追いつけない」ということはできない。なぜなら、永遠の時間を観察するわけではないからだ。観測時刻の回数と、観察時間の経過を混同したためにパラドックスに見えただけなのだ。

ゼノンのパラドックスにはどこかにこのような推論の誤りがあるので、ほんとうの意味のパラドックスではない。
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by tnomura9 | 2011-05-05 07:22 | 考えるということ | Comments(0)
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