ゴッホの遠近法

今朝の日経の文化欄の『だましの名画』という記事に、ゴッホの絵画の見るものを不安にさせそれでいて惹きつけてやまない魅力が、その遠近法による空間の歪みによるものだと書かれていた。

確かに挿絵の「アルルのゴッホの寝室」という絵を見ると、床やベッドや椅子や机や壁の額縁の消失点がばらばらで一致していない。さまざまな視点から見た物体が同じ絵の中に配置されているため、奇妙な空間の歪みや、物体の動きが生じて、椅子やベッドが生き物のように存在感をもって自己主張している。

そのことが実際の空間を写生するというより、ゴッホの内面の苦悩を描写したような奇妙な感動を引き出してくる。人間の物をみるという機能が決して写真を写したように受動的なものではなく、そこに、見るものの感情や意思を含めて再構成された仮想現実を形成しているのだということを改めて感じさせられる。

物事を論理的に考えるということは、問題解決のために重要な方法の一つではあるが、それに人間の行動が絡んできたときに、論理性とはまた別の要因が絡んでくる。

単純な例では嫌いな学科は努力をしても成果が上がらないことがある。それが嫌いになった原因は、その科目の本来の問題ではなく、たまたまその教科を教えていた先生が嫌いだったというあまり本質的ではない理由もあるかもしれない。しかし、それによって多くの労力が無駄になってしまう場合もあるのだ。

学習法を考えるときに、論理的な方法論だけでなく、このような感情の影響も大きいことを知っておく必要がある。
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by tnomura9 | 2010-02-22 08:08 | 考えるということ | Comments(1)
Commented at 2017-08-22 17:06 x
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