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思考力

考える能力のことをひっくるめて思考力といっているが、その中にはいろいろ性質の異なるものが含まれている。
ざっと見ても次のような異なる能力を挙げることができる。

  1. 大量の項目をすばやく記憶する能力。
  2. すでに確立されている知識をすばやく理解する能力。
  3. 混沌とした状況から、本質的な構造を発見して整理する能力。
  4. 全く新しいものを発見したり、創造したりする能力。
  5. 人や組織をうまく運営する能力。
  6. 人や組織がどこへ進むべきかのビジョンを提示し導く能力。
  7. 感情を統制し有益な行動をとることができるようにする能力。

この他にも、思考力という言葉のカテゴリーに入れられる様々な能力があるだろう。こう考えると、思考力を高めるための一般的な方法は無いのではないかと言う気がしてくる。読み書き算盤は基本だろうが、それだけをやっていても実効的な思考力を持った人材を育てることはできないだろう。

最近の学生はマニュアル人間で役に立たない、学校教育がだめだと切り捨てるのは簡単だが、実際の能力開発は学校を卒業してから後が大切だろう。企業や研究機関にそれらのことを自覚して、教育プログラムを用意しているかどうかという問題になってくるのではないだろうか。

企業が求める人間を学校は送り出すのだし、企業自体がどのような人材が欲しいのか、どのように育てたいのかという明確なビジョンを持っていなければ、学校教育も変わらないだろう。もし、今、役に立たない学生を育てているのであれば、それは、企業がそのような学生を欲していたためで、企業がこのような人材が欲しいという明確なメッセージを送れば、自然にそのような人材を養成する学校も増えてくるのではないだろうか。

ニチイ学館という医療事務の従事者を教育する会社が、多角化して、介護業務や医療業務の委託などに進出してきている。自分の事業に必要な人材を、学費をとって教育しながら同時にリクルートしているという、一石二鳥の効果がある。

技能教育は、公的機関が行うのではなく、企業自身が行うほうが効果があらわれるのではないだろうか。企業自身が学校を作ればいいのだ。その中で、必要な人材を育成し採用していけばいい。採用されなかったものも、別の企業に就職したり、自立して起業したりするチャンスが与えられるだろう。

素人が学校教育に口を出して混乱させるよりも、学校には読み書き算盤の基本的な知的訓練をしっかりやってもらって、実務教育は企業が受け持つくらいの気持ちがあってもいいのではないだろうか。
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by tnomura9 | 2011-02-22 07:34 | 考えるということ | Comments(2)

動かざること山の如し

「動かざること山の如し」という題で書こうと思ったが、その前に、この言葉が一般的にはどういう意味で使われているのだろうと疑問に思った。

Googleで検索してみたら、武田信玄が「風林火山」を旗印で使ったのが有名だが、その200年前に南北朝時代に北畠顕家が使っていたとか、もともとの出典は孫子だとかいろいろわかった。

戦争と関係ないところでは、政争が忙しいときの政治家の態度だとか、株が乱高下しているのを模様見しているベテランディーラーだとか、ベンチャー企業の社長のブログのリーダーはあまり動くものではないという意見とかに引用されている。また、一日外に出ずにパソコンをしているのを表現するのに使われていたり、果ては、女の人の盛り髪のネーミングに「動かざること山の如し、信玄巻き」などとあったりした。

「山の如し」というイメージが雄大なので、なにか深遠なことが語られているようなイメージがあるが、要するに単に「動かない」という意味なのだ。

そう考えているうちに、自分がこの言葉を題に書こうと思っていた内容が、「動かない」ということに意味を持たせようとしていただけだということに気づいて書く気がなくなってしまった。動かないと決めたのだからそうすればいいだけのことで、それに意味を持たせようとするのは、ケーキのデコレーションのようなものだ。見かけは美しいが、ケーキの味や栄養が増すというものでもない。

オッカムの剃刀ではないが、単純でよいものは単純なほうがいい。
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by tnomura9 | 2011-02-20 08:18 | 話のネタ | Comments(0)

グリコのアイスクリーム工場

グリコのアイスクリーム工場の内部の様子を先日テレビで放映していた。無人と言っていいほどの機械化された工場で大量のアイスクリームが作られていく様子は圧巻だった。安価で品質の揃った清潔な製品を大量に作るのは人力では到底敵わない。

そうは言っても、家の近所のケーキ屋さんも、別にひどく困るというのでもなく何年も営業している。同じアイスクリームを毎日食べ続ける人はいないからだろう。

韓国の大学生は半数が正規雇用に採用されないそうだ。正規雇用になっても、38歳定年のラインがあり、それを突破できるのは社員の一部らしい。凄まじい競争社会だ。韓国では既に、正規雇用というのは一部のエリートしか手にできない特権になっているのだろうか。昔の科挙制度をも彷彿とさせる。今年、日本の大卒の就職率が50%だったといっても、この国に比べたらまだましなのかもしれない。

しかし、クロスカンパニーという岡山から発祥した洋服の会社は、全社員が正規雇用だそうだ。それなのに、小さい洋服店から始めて、17年間で年商300億にまで成長している。社員教育に力を入れているので、長く働いてもらわないと困るのだそうだ。

社内の社員教育のマニュアルがあり、表情の作り方、挨拶の仕方、来店したお客様にどのタイミングで声をかけるか、店の前を通る通行人の何割が店内に入ってくるかを定期的に把握することなどが紹介されていた。そのほかにも、おそらく、ディスプレーの配色や配置の工夫、どの製品に人気があるかあるいはどの製品が不人気かを把握したり、お客様との会話でどういう製品が要求されているのかを把握するなどの様々な技術も教育されているのではないだろうか。

就職氷河期だとかワーキングプアだとか、色々と不安をかきたてるような報道を毎日聞かされる。しかし、落着いて身の回りを見渡せば、人と人とのつながりが大切な販売などの部分にはまだまだいろいろなチャンスが転がっているような気がする。問題は、そのチャンスを拾い上げるような技術を若者が教育されていないということなのだ。

未就労者の技能教育と言ってもパソコンを使ったり、機械の操作を覚えたりというものでは、とうてい採用は増えないだろう。そういうものは、機械のほうがずっと上手にやれるからだ。そういう教育よりも、小さいお店を経営したり、お客様の気持ちを惹きつけたりする技術を教育すれば、大量に必要とされている販売やサービスの方へ就職を斡旋することができるのではないだろうか。

同じような職種の仕事に大量に人が殺到するから狭き門になるのだ。人間の生活の多様性に注目して、身近な発想から多様な仕事を見つけることのできる目と頭を作ることが大切だ。
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by tnomura9 | 2011-02-14 07:24 | 話のネタ | Comments(0)

流通しない通貨は通貨ではない。

流通しない通貨は通貨ではない。

ちょっと、考えればわかることだが、ここに100万円の札束があったとしても、札束そのものは食べることもできないし、自動車を動かすこともできない。貨幣が貨幣としての働きを果たすのは、それが、サービスの対価として支払われる場合だけだからだ。

誰かが食品や燃料や衣料品をサービスとして提供し、そのサービスの対価として貨幣が支払われる。ただの紙くずが自分たちの生活を支えるサービスに変化するのだ。これからもわかるように、貯蓄として動かない貨幣は何の役にも立っていない。貨幣とは、血液と同じように流通してこそその役割を果たすことができるのだ。

経済の中で、貨幣が流通しなくなるのは、人間の体に血液が流れなくなるのに喩えることができる。血液の流れなくなった生体は次第に衰弱していく。体の場合は臓器の虚血として様々な障害が発生するが、経済の場合の虚血現象は貧困だ。

貧困はもちろん働かないことによる結果としてもおきるだろう、しかし、社会のシステムが貨幣の不均等分布を必然的に発生させているのであれば、政策としてその不均等分布を是正する必要があるだろう。

貨幣の非流動化を引き起こしている原因は、マタイ伝の法則のように、「持てるものはますます持つようになり、持たないものは自分の持っているものまでも取り上げられる。」という競争原理と資本の集中によるものばかりではない。普通の生活をしている人が将来に不安があるために、自己防衛策として貯蓄をするという至極当然なことによっても、貯蓄という死に金が増えてしまう。

子供手当てや福祉の充実については、働かないものに金をばら撒くのはよくないという意見が主流のようだが、そのことが、ますます、自己防衛のための貯蓄を増やし循環する貨幣を減少させていくことになることについての危機感を訴える意見は少ない。

福祉を改善することは、こういう貨幣の不均等分布を是正するための特効薬となる可能性があるのだ。将来への不安が少し減れば、財布の紐を少し緩めて我慢していた食事や娯楽や教育のために貨幣を支払うことになるだろう。そうして、流れ始めた資金は、市場を循環して、様々なサービスを生み出し、新しい財を生み出す元になる。

管首相は石にかじりついてでも首相を辞めてはいけないだろう。少なくとも、子供手当てのシステムが軌道に乗るまでは頑張らないといけない。子供手当てを継続的に支給するという制度は、未だ嘗て行われていなかった制度であり。その効果は未知数だからだ。しかし、可能性として貨幣の非流動化に対する特効薬になる可能性がある。社会システムを変えるということの大きな特徴は、実験ができないということだ。その効果も弊害も、実は、全く未知数なのだ。どんなに識者が先を見越したような発言をしても、どうしても、やってみないとその可否はわからない。

ただ、ひとつだけいえることは、社会のシステムに行き詰まりが見られるときに、今までのシステムにしがみつくことは決して解決につながらないということだ。
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by tnomura9 | 2011-02-12 21:35 | 話のネタ | Comments(0)

勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。

野村克也監督の名言で「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。」という言葉があるそうだ。

この言葉でGoogle検索すると、「運を期待することはできないのだから、コツコツ努力することが大切だ。」とか、「人間うまくいったときは自分の力でできたと思い、失敗したときは運が悪かったと思いやすいが、その反対を考える必要があるのだ。」とか、「負けたときはその原因を突き詰め、勝ったときにも負けにつながる要因があったかもしれないので常にマイナスを少なくするという考え方が必要だ。」とか、いろいろに解釈されている。

しかし、これは元々肥前平戸藩の第9代藩主で、心形刀流剣術の達人だった松浦静山の書いた『常静子剣談』からの引用だそうだ。あまりに、いろいろな解釈があるので、Googleで原著がないかと探したら、あった。「勝ちに...」の部分を抜粋したのが下の引用だ。
予曰く。勝に不思議の勝あり。負に不思議の負なし。問、如何なれば不思議の勝と云う。曰く、遵レ道守レ術ときは其心必不レ勇と雖ども得レ勝。是心を顧るときは則不思議とす。故に曰ふ。又問、如何なれば不思議の負なしと云ふ。曰、背レ道違レ術、然るときは其負無レ疑、故に云爾客乃伏す。

どうも、道理にあった技を繰り出していれば本人がそれと自覚していなくても勝つものであり、負けたときは、技が道理に合わなかったからでその理由は反省すれば分かるものだという意味らしい。

このページには、その他にも静山の考え方が色々と述べられているが、非常にプラグマティックで面白い。現実的と言ってもいいのだが、プラグマティックといったほうがぴったりくる気がする。最近のテレビの放送を見ていると、与党も野党も識者と言われる人たちの言葉も観念的でおぼつかない。

わずかに、与謝野薫経済財政政策担当大臣の言葉が、分かりやすくて現実的だ。与謝野大臣が悪評にさらされるのは覚悟の上で大臣の責務を負ったのは、彼なりの日本の行く末に対する危機感があったからだろう。民主党は与謝野大臣をもっとメディアに晒して、国民に政策の必要性を理解してもらうべきではないだろうか。

明治維新の時代には、理想に燃える観念主義者とともに、徹底した現実主義者もいたような気がする。それが、剣術が教養のひとつと見なされ盛んであったためかどうかは分からないが、勝負という紙や口ではどうにもならない現実を肌で感じた人が多かったのかもしれない。
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by tnomura9 | 2011-02-12 18:47 | 考えるということ | Comments(0)

マインドマップ三昧

FreeMind をインストールしてから、暇があればマインドマップを描いている。ほとんどキーワードの入力だけで作成できるので手間が省けるからだ。

気の向くままいろいろなプログラム言語に手を出していたら、新しい言語を習得した後は、前に覚えたはずの言語で端末に hello, world と表示させる方法すら忘れているのに愕然とした。

どうしてそんなことになってしまうのだろうと不思議に思って、C言語で hello, world と表示させるための要件をマインドマップにしてみたのが次の図だ。

d0038298_7381068.jpg


結構覚えておかないといけない要件が多い。はじめに、ライブラリのヘッダーをインクルードする必要があることを知っておかないといけない。また、プログラムは main 関数から始まること、関数の定義の仕方の書式があること、ライブラリの関数については、引数と戻り値のルールを知っておかないと使えないこと、引数になるデータ型にはvoid 型、int 型、double 型、char 型があること、print 関数の引数は文字列型であること。文字列リテラルは "" で囲む場合と、'' で囲む場合があり、動作が異なること、等々。

見かけは単純にみえるさまざまなことは、実はこのように複雑な要因が絡み合った相互作用の結果だ。マインドマップはそれらの要素の階層構造を記述しているだけだが、それだけでも、それらの要因の数の多さと、その関連性の複雑さを視覚化して見せてくれる。

これまでいろいろなツールを見つけて喜んでは、しばらくするとお蔵入りにしてしまっていたが、FreeMind は手元に置いて手になじませる道具かもしれない。
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by tnomura9 | 2011-02-09 07:54 | 考えるということ | Comments(0)

忠犬ハチ公

うちの犬は、
「自己中犬ハチ公」

だ。

ちょっと前のニュースを見ていたら、古い歌を思い出した。
どーこの誰だか知らないけれど
だーれもがみーんな知っている。
タイガーマスクのおじさんは正義の味方だよい人よ。
疾風のように現れて、疾風のように去っていく、
タイガーマスクは誰でしょう。
タイガーマスクは誰でしょう。

どうも今日はテンションが変だ。

日本酒を飲んでいた。 // 翌日
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by tnomura9 | 2011-02-07 22:32 | 話のネタ | Comments(1)

ひきこもり留学

今日の朝日新聞に34歳で引きこもりになった会社員の話が載っていた。

仕事のノルマが果たせず34歳で会社を退職し引きこもった。部屋に引きこもって誰とも話をせずに一日が終わる。食費は一日500円と決めた。しかし、何もしないのも退屈なので、英会話の入門書から初めて英語の勉強を始めた。英語の雑誌を1日1ページ読み、海外ドラマを何回も再生して聴いた。7年後貯金が尽きたので、仕方なく英語講師に必要だという試験を受けたら簡単に受かってしまった。今では派遣の英語教師として多忙な生活を送っており、著書も出版した。TOIC満点は24回だ。

再起できたのは、この人が特別の人だったからだろうか。管理人はそうは思いたくない。成果だとか能率だとか余計なことに気を使わなければ、どんなひとでもいろいろなところで活躍する時期がくるのではないだろうか。こんなことではいけないとか、自分はこんなものではないはずだとか余計な価値判断を置いておいて、ひたすら何かに取り組めば自然と道が開けてくるのだと思いたい。

このひとの言葉によると、「何歳だって生きている限り勉強できる。忘れたら、また覚えればいい。」のだそうだ。
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by tnomura9 | 2011-02-06 22:33 | 考えるということ | Comments(0)

抽象化の罠

前々回の記事で、『小悪魔ageha』の編集長が、現在の雑誌不況の原因のひとつが、頭のよい編集者が、そうでない読者のニーズをしらないからだと切り捨てた談話が印象的だと書いた。

これを読んで、そうだそうだと共感した人も多いと思うが、自分で読み返してみて、これは一種のレトリックではないかと思った。「頭がよい->仕事ができる」という鬱陶しい重い現実をみごとにひっくり返してくれたので、一種の爽快感を感じたのだ。アメリカの一発逆転の映画や、水戸黄門の葵の御紋と同じパターンだ。弱者が強者をやっつけるという爽快感だ。

しかし、よく考えると『小悪魔ageha』の編集長は、10人も編集員を抱え月間30万部を売る雑誌の編集トップだ、けっして弱者ではない。その過程において弱者だったかもしれないが、自力でチャンスをつかみ現在の地位に至ったわけだ。決して弱者というカテゴリーに収まるものではない。

映画や小説に共感するときも、その共感の根本になっているのは、このような簡単なパターンがつぼを押さえているだけなのかもしれない。そうであれば、巷に流布するビジネスのハウツー書を読んでもあまり役に立たない理由がわかる。読者が、「努力すれば道が開ける」というパターンに反応して気分が良くなっているだけだからだ。

相互作用が複雑に絡み合った現実をそのままの状態で認識することは不可能だ。情報量が多すぎて脳が処理しきれないからだ。そのなかから、意味のあるパターンを見つけて法則性を知るという抽象化の働きは、認識において不可欠のものだ。

しかし、そこに大きな罠が潜んでいる。抽象化とは端的にいうと、細かな違いを無視して共通のパターンを取り出すという働きなので、文字通り、細部が抜け落ちてしまうのだ。このため、全体の事実のある一部の特徴だけしか反映しないパターンを認識してしまう危険性を常に伴っている。自信過剰な人が危ないのはそのせいだ。

「失敗学」の川村洋太郎氏の著書に、失敗を避けるためにはあらゆる可能性に対応することが必要だとして、学生にすべての可能性について検討するように指導したら、学生が根を上げて、「そんなにいろいろと考えていては仕事になりません。」と訴えたというようなことが書いてあった。

ロボット工学ではフレーム問題として同じような問題を取り上げている。ロボットに起こりえるあらゆる可能性を計算して動くようにすると、計算時間が膨大になってしまってロボットが動けなくなってしまうらしい。現実には、適度に情報を選択して行動しないといけないがそれをプログラムするのが難しいのだそうだ。

抽象化とは、情報を捨て去る作業だと言い換えてもいいかもしれない。日々変化する現実に対応していくためには、情報の取捨選択は必須の操作だ。しかし、それは、大切な情報をも捨ててしまっているという危険性を常にはらんでいる。
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by tnomura9 | 2011-02-06 07:52 | 考えるということ | Comments(0)

FreeMind : GPL のマインドマップアプリケーション

フリーのマインドマップアプリケーションはないかと探していたら、GPLで配布されている FreeMind というのがあった。

FreeMind 活用クラブという日本語で解説したページがわかりやすい。FreeMind 使おう会という FreeMind の日本語化を担当しているグループのホームページもある。

とにかく操作がスピーディーだ。ほとんどの操作がキーボードからできる。考えていることがどんどんマインドマップに変換されていく感覚がたまらなくいい。

試しに、今読んでいる本のまとめを FreeMap で作ってみた。

モニターは大画面の方がいい。思いつくままに、インサートキーとリターンキーを使い分けながら、キーボードからキーワードを入力していくだけで、大きなマインドマップがサクサクと作られていく。項目の配置のレイアウトも自動でやってくれるので、何も考える必要がない。出来上がったマップも審美的にも満足できるものだ。

また、作成されるファイルがひとつだけなので管理が楽だ。

試しにファイルの中身をテキストエディタで覗いてみたら、XMLドキュメントだった。日本語は文字コード表記になってしまうので生のデータでは読めないが、英語だったら、テキストエディタからでも編集できるだろう。

これは、かなりおすすめだ。脳の負担をかなり軽減することが出来る。
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by tnomura9 | 2011-02-05 20:49 | 考えるということ | Comments(0)