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2世代重複型産業関連モデルにおける社会保障支出の経済効果

ベーシックインカムとは直接の関連はないかもしれないが、公共事業を増やすよりは、医療や社会保障費を増やしたほうが財政支出の経済効果が大きいというシミュレーションを見つけた。

2世代重複型産業関連モデルにおける社会保障支出の経済効果

医療費亡国論という主張があるらしいと聞いたことがあるが、このシミュレーションでは若干違った結論になっている。

福祉 = 経済活力の減退という考えは再考を要するのではないだろうか。

雇用を生み出すために公共事業を起こしても、その費用の全てが就労者に回るわけではない。社会保障支出による消費と雇用の増加のほうが直接的な投資効果を上げる場合もあるのではないだろうか。たとえば、賃貸住宅はたちまち空き室がなくなるだろう。小売りの売り上げも増加するだろう。そのことによる企業の収益の改善が回りまわって雇用の創出と税収の増加をもたらすこともあるのではないか。

企業は解雇や賃金の抑制よる社会的な非難を受けずに済むので、国内で製造しても十分な国際競争力をつけることになり、国内に工場を誘致するのではないだろうか。そうすると、工場建設の受注も発生するし、法人税の税収も増えることになる。

今の不況は、国民という体に与える栄養は十分あるのにそれをいきわたらせる血行が障害されているというのが問題なのではないだろうか。社会保障費の削減は血行不良をさらに悪化させることになるかもしれない。
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by tnomura9 | 2009-10-31 18:24 | 話のネタ | Comments(0)

無駄の省き方

日経新聞『私の履歴書』安居祥策さんの記事が今日も面白かった。

中小企業金融公庫の業務で発生していた膨大な文書を減らすのにたった一言で良かったようなのだ。記事を引用してみる。
書類はばっさり減らした。下の人たちに、こう言った。「あなたたちが不要と思う資料作りはやめていい。数ヶ月もたって『あれはどうした』と文句を言う者がいたら、私に言いに来なさい。」

融資はほとんど支店長決済だったが、課長決済を作った。一定の条件に合う融資は支店長の決済を仰ぐまでもない。最初は支店長も課長も心配していたが、今は良かったと思っていてくれる。

フィンランドの教育制度改革も、カリキュラムを大胆に現場の教師に移管した。しかし、一方で現場の教師の質を高める仕組みを作っている。

官僚組織の効率の改善は、内部からは無理だと思う。しかし、適切なビジョンや考え方を与えられたとき、組織は内部から劇的に変化するようだ。官僚的な組織の職員の能力を削いでいるのは、慣習という長年積もった制度の垢ではないかと思う。
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by tnomura9 | 2009-10-30 07:32 | 話のネタ | Comments(0)

液体燃料を使用する自動車用燃料電池

ダイハツが液体燃料を使用する自動車用燃料電池を開発した。

電極に白金を使用しないため安価な燃料電池を作ることができる。

また、燃料が液体なので燃料タンクは普通のものが使えるし、取り扱いが簡単になるし、ガソリンスタンドなどの既存の施設の有効活用ができる。

電気自動車への流れも、混沌としてくるのだろうか。ただ、中小企業には燃料電池のスタックより、充電池のほうが扱いやすいし、入手も容易だろう。それに、燃料電池では家庭用電源から充電できない。

蓄電池は充電の時間がかかるのが問題だが、最近の高性能キャパシタには充電時間が非常に短く、エネルギー密度もリチウム電池に迫るものがある。

燃料電池は次世代の自動車の本流にはならないかもしれない。
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by tnomura9 | 2009-10-29 15:07 | 話のネタ | Comments(0)

本田宗一郎夢を力に―私の履歴書 (日経ビジネス人文庫)

本田宗一郎夢を力に―私の履歴書 (日経ビジネス人文庫)を読んだ。

子供のころの悪戯や、機械好きぶりからはじまって、小学校四年から自動車修理工場の小僧として住み込みで働き、24歳で独立。稼いだ金で毎日大豪遊。自動車修理工場が軌道に乗っていたにもかかわらず、まったくの無からピストンリングの工場を立ち上げ、それをトヨタに収めるようになるが、終戦、等々、小説を読んでいるように面白かった。

本田宗一郎という技術とビジョンの天才と藤澤武夫という経営の天才の二人三脚ぶりも、胸のすくような爽快感がある。二人とも癖の強い人たちだが、率直で私心がない。

この本がこれほど面白く読めたのは、この二人のそういってよければ純粋さだろう。

二人が作り上げた、HONDAの経営体制は、アメリカの大学の教科書にも取り上げられるほど先進的なものだそうだが、ふたりのこの率直さがなければ、画龍点睛を欠くただの制度にすぎない。

「一回きりの人生なんだからケチケチせずに思いっきり生きようじゃないか。」と言われているような気がした。
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by tnomura9 | 2009-10-27 18:08 | 話のネタ | Comments(1)

知らざるを知らずとなす

今日の日経新聞の「私の履歴書」は安居祥策さん(日本政策金融公庫総裁)の記事だった。次のような文章があってうれしくなった。
私は裸の王様にはなりたくなかった。経営者は、情報量が3割しかない段階で決断しなければならない。5割になるのを待っていたら遅い。

ものすごくリスクを伴う。

私心を交えたり独断で決めたりしてはいけない。俺は大丈夫だと思うのは過信だ。人間の判断はいつでも正しいとは限らない。

意思決定の際、どういう考え方でどのように検討して結論を出したのか、過程を透明にする仕組みが不可欠だ。

経営の判断に間違う可能性は常に存在する。「知らざるを知らずとなす」というオープンな心がなければ、巨大な恐竜もたやすく死んでしまう。

自民党は失政のために政権を去ったが、民主党の場合も変革の名のもとにステレオタイプな政権運営をやっていたらせっかく獲得した政権も長くは続かないだろう。日本国という巨大な組織を運営する経営者としての責任を自覚して運営を行ってもらいたいと思う。

経営者は技術者や実務家である必要はない。適材を選び出し、その人たちの意見を取捨選択して全体の舵取りを行うのが仕事だ。政治主導の政権運営とはそういうものであって官僚という実務家やテクノクラートを排することではない。しかし、その人選には責任がある。

石油、鉄鋼、自動車を中心とした日本や世界の基幹産業に激震がおきる可能性がある現在、政治の舵取りにはかなりの細心さが必要だ。
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by tnomura9 | 2009-10-26 08:10 | 話のネタ | Comments(0)

コーヒーを入れるロボット

ネタがちょっと古いが、コーヒーを入れてくれるロボット「雛」がかわいい。

40cm足らずの女の子のロボットが、一所懸命コーヒー豆を挽いたり、フィルターの豆の粉を真剣に見ながら蒸らしたりしている所作がかわいくて、つい、何度も見てしまう。ネットでの意見も「かわいい(cute)」というのがほとんどだが、別に服を着ているわけでもないし、人間にそっくりな顔をしているわけでもないのに、ひどくかわいく見えるのはその仕草のせいだ。

手足や首の動かし方が他のロボットと違うのだ。手の動きを見ていると、手が目的の位置まで動くのに、他のロボットのような等速動作ではない。最初はゆっくりと途中で速度を増し、目的の位置につくときは再び移動の速度が落ちている。位置のコントロールに速度や加速度の要素が加わっている。

また、動きが実際の人間の動きに近く、例えば重いものを持ち上げるときに、お尻を後ろに突き出し、ヨイショという感じで勢いをつけて持ち上げている。作者が観察した実際の人間の動きをプログラムにしたのか、速度や加速度を制御する基本プログラムによって動かしているのかは、分からないが、結果的に他のロボットには感じられない動きのかわいさが生まれている。

いずれにしても、これだけの動きを市販されている近藤科学のロボットキットにさせることのできる作者の力量はたいしたものだ。

産業用のロボットに比べて、サービスロボットは売れていないらしい。雛の動きを見ていると、その突破口が割とこんなところにあるかもしれないと思ってしまう。
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by tnomura9 | 2009-10-25 11:02 | 話のネタ | Comments(0)

多能工ロボット

今日の日経の技術ウォッチのコラムに「多能工ロボ開発加速」という記事が出ていた。

カメラやセンサーを取り付けたロボットが、手首の工具を切り替えながら部品から完成品を作り上げるのだそうだ。少量多品種の時代になって普及してきたセル生産方式の作業を一台のロボットでやってしまう。試作品の段階でも、スイッチ製品を組み立てるのに人間なら1分かかるところを15秒で仕上げてしまうらしい。また、別のロボットでは動作を教える時間が従来の1時間から3分に短縮した。また、最適動作を計算する理論の開発も進んでいる。そうすれば、熟練工のカンに頼っていた最適動作が、瞬時に計算できるようになる。

生産の現場から人影が消えるのもそう遠くはないかもしれない。そうなると、人間に求職可能な分野が、高度な知的作業や、営業や、医療と介護、運送のようなサービス業に限定されていく可能性がある。サービス業に適性のない人の就職はどうなるのだろうと思ってしまう。

少子化対策を年金を支えるための要員確保の視点からしか見ていないと、予想される将来の求職減にどう対応していくつもりだろうか。ベーシックインカムは予算的に絵に描いた餅のように思えるかもしれないが、年金や生活保護などの生活保障を一元化して税金をそれに当てるようにしないと大変なことになる。

生産を機械が分担するようになったとき、何が企業にとってのメリットになるだろうか。それは、治安ではないだろうか。自分の会社に不審者が入る心配がなくセキュリティに経費を使わないで住むという利点は目に見えないが重要なことだ。ベーシックインカムを実施するためには企業がかなりの負担をしないといけないだろう。しかし、それが、国全体の安全を買うことであると考えると、そう大きな負担にはならないだろう。

21世紀の生産の要件は、水と希少資源と安全ということになるのではないか。
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by tnomura9 | 2009-10-24 07:48 | 話のネタ | Comments(2)

『哲学の道具箱』

宝物を見つけてしまった。『哲学の道具箱』ジュリアン・バッジーニ (著), ピーター・フォスル (著), 廣瀬 覚 (翻訳), 長滝 祥司 (翻訳) と言う本だ。演繹法や、帰納法など哲学で使われる基本的な思考の道具を簡潔に説明した百科事典のようなものだ。

演繹法だとか、帰納法だとか、オッカムの剃刀だとか、考えるということに興味のある人は頻繁に使っている言葉だが、意外にきちんとした定義を知らない。この本ではこれらの哲学の基本的な概念を正確にかつ平易に解説してある。

正確にというのは、この本の原著者が哲学の専門家だからだ。学問的にもきちんとした説明がされている。著者の教養の背景が感じられるような簡潔で適切な記述になっている。

平易にと言うのは、著者のひとりジュリアン・バッジーニがジャーナリストであるためで、説明の冒頭に必ず具体的でわかりやすい例が挙げてある。たとえば「タイプとトークン」という記事の冒頭は次のような文章からはじまる。

 僕が君とおなじ車に乗っていると知っても、君はそんなに気にしないでしょう。でもぼくのフィアンセが君のフィアンセとおなじだと知ったら、平気ではいられないはずです。

この例では「同じ」という言葉の意味にタイプが同じという意味と、トークンが同じという意味の二つがあることを示している。タイプは車種のプリウスのように車の種類という抽象的な概念を表している。トークンはそれに含まれる実際の車だ。したがって君と僕がプリウスという同じ車種の別々の車に乗っていても問題はないが、フィアンセの場合はトークンが同じということになるので問題になる。

抽象的な概念を理解する一番よい方法は、その概念が含まれる実例の中にその概念の構造を発見することだが、このようにわかりやすくかつ興味を引くような実例がふんだんに出てくる。

また、翻訳が素晴らしい。ひとつも翻訳臭くない。

この本は子供のころに持っていた宝箱のようなものだ。ぱらぱらと適当なページを開けては、簡潔にまとめられた思考の道具の解説を読んだり、巧妙な実例を楽しんだりして、そうだったのかと納得して喜んでいる。

世に思考法の本は数多あるが、偏っていたり曖昧だったりすることが多い。この宝石箱のような本はなくならないうちに早く手に入れておいたほうがいい。
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by tnomura9 | 2009-10-22 06:41 | 考えるということ | Comments(0)

直感と論理

直感を述べるときにも「AだからBになるはずだ」という表現になるし、論理的に論証する時も「AだからBだ」という表現になる。「電気自動車の時代の鍵を握るのは、希土類と電池だ」というのは直感だし。「人間は死ぬからソクラテスも死ぬ」というのは論理だ。しかし、この二つは似て非なものだ。

直感的な思考の大きな特徴は、雑多な現象の中から本質的な要素を取り出して推論するということだ。病気の診断や犯罪捜査などで使われる手法だ。AならばBだという推論の形をとるがAが成立したとしてもBが成立するかどうかは保証されていない。

一方、論理の特徴はあらゆる可能性を検討しつくすということだ。論理的にAならばBだと言う場合は、暗にAであってBである場合、AでなくてBである場合、AであってBでない場合、AでなくてBでない場合を検討し尽している。そのため、Aが成立した場合Bが必ず成立することが保証される。

この二つの思考形態の本質をしっかり区別しておくことは、大切なことだ。論理的に整合することばかりを求めると木を見て森を見ない状態になり、理屈っぽい人になってしまう。逆に直感的な推論を論理と間違ってしまうと、Aが成立するのだからBは必ず成立するはずだと間違った結論に突っ走っていく危険が生じる。

システムを経営する人の場合、直感力に優れた人の方が適切な判断を下すことができる傾向にあるが、論理的思考のできる人を側に置いていないと、推論が誤っている場合をチェックできない。また、経営者が論理にこだわってしまうと決断ができなくなってしまう。

このように、直感と論理はお互いに補って機能している。
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by tnomura9 | 2009-10-21 07:45 | 考えるということ | Comments(0)

多様性

今度の金融危機は明らかに全世界が一斉に不動産投機に走ったためだ。インターネットの発達で情報は瞬時に全世界に伝達される。何か利益が発生しそうなところには全世界から資金が集まってしまう。このように、ある特定の分野に資金が集中する現象がなくならない限り、第2第3のバブル崩壊は免れない。

資金の集中がどうしていけないかというと、投資は先を予想して行われるものだが、未来のことを正確に予測する方法がないからだ。利益が発生するから資金が集中するのだが、その利益が突然損失に変化しないということを保証する方法はない。

言い換えると、損失は必ず発生するし、損失を予見することは不可能だ。ただ、利益から損失への振幅が小さければ、打撃は小さい。個々の投資家や企業については損失が発生してもそれが社会全体の富に比して小さければ、社会全体の景気の動向に寄与する部分は少なくなる。資金や生産手段の過度の集中は社会全体の安定性にとっては有害になる。

したがって、全世界的な独占禁止法の厳格化は、世界の経済を安定させるための必須の要件となる。

市場原理では敗者が退場するに従って、企業は巨大化する傾向にある。しかし、恐竜と一緒で体が巨大化しても脳まで巨大化することは難しい。リーマンブラザーズの失敗も経営者の独裁的な体制が大きな原因だった。個人の決断が企業全体の命運を決めてしまうというのは非常に危うい事態だ。

これも、企業の規模がそう大きくなければ、ひとつの企業が倒産しても別の企業がその肩代わりをするので、社会全体としての影響は少なくなる。

また、独占禁止法の厳格化とともに、小規模企業の開業支援も必要だ。ベンチャー企業1社に投資する金額で、自営業者の開業を数十件支援することができる。ベンチャー企業に投資するよりはるかに高い資金回収率を達成できるだろう。ソニーもナショナルも元々は零細企業だ。強い中小企業を育てる国こそが21世紀の加速された変動の時代に生き残れるだろう。
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by tnomura9 | 2009-10-20 13:11 | 考えるということ | Comments(0)