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パターン認識としてのヒアリング

『もっと英語漬け』を終了した。

CNNが何となく聞き取れるようになった。残念ながら映画やドラマは聞き取れない。それでも、ワッツアップとかアイムゴナとか英語漬けに出てきたパターンの音声は聞き取れる。何となくヒヤリングのコツのようなものが分かってきた。

要するに音声イメージのパターンと意味とが一体一に即座に連想されればいいのだ。音声イメージの単位は理論的な単語や慣用句の区切りとは違っている。なんとなく一区切りだという音の塊があり、それと意味が直結するようになればいいようだ。

視覚による認識に慣れているので、音声をイメージ化するのに戸惑うが、今聞いた音を音声として思い出すようにすると音声イメージの感覚がつかめる。この音声イメージと意味を結び付けていくわけだが、そのさい、音声イメージを脳はパターン認識しているようなのだ。音声の塊の一部が聞き取れなくても推測によってそれを補って認識している。

ヒアリングは、このような音声イメージのパターン認識を連続して行っている。したがって、ヒアリングを上達させるためにはこの音声イメージと意味との対を非常にたくさん増やしておく必要がある。

英語漬けのように、一つの文を聞いてディクテーションすることで音声イメージと意味との一対一対応を非常にたくさんつくるのがヒアリングの練習には最適なような気がする。

つまり、一般的な英語の授業で見られるように、文を論理的に分解して意味を分析していったり、長文の文章の構成を考えて読んでいったりというような複雑な学習の仕方はヒヤリングについては効果が薄い。

もっと単純に一つの音声イメージとその意味たとえば、アイルビゼア=I'll be there というようなシンプルな対応付けを学習するのだが、しかし、その単純な対応付けを非常にたくさん覚えるというやり方だ。単語帳で単語を覚える方法に似ているが、単語ではなく音声イメージと意味を結び付けるところが違う。

シンプルな関連付けと、非常に大量のペアという戦略は、ヒアリング以外にも適用できそうで面白い。
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by tnomura9 | 2008-08-28 12:59 | 考えるということ | Comments(0)

音声イメージ

「もっと英語漬け」を使っていて気がついたのだが、問題文の音声イメージを頭に残すように意識したら聞き取りの効率が良くなった。

また、チェックリストで知識の総量を把握するという考え方が気に入ったので、「いますぐ使える英会話3000」という本を見て覚えた表現をチェックしようとしてびっくりした。CDをICレコーダーに入れてずいぶん聞き流しをしていたはずなのに、回答の音声イメージが全く湧いてこない。

これも同じような例だが、英語字幕で子供用の映画を見ていたら、聞き取りは全くできないのに、字幕を見るとよくわかる。

どうも管理人の英語は視覚イメージの英語しかないようなのだ。耳で聞いたことも一度単語にして視覚化してから理解している。

長年、本と紙とえんぴつで学習してきたために、情報が視覚的イメージに偏ってしまっているに違いない。英語に限らず、マルチモーダルな学習法を試みたらどういうことが起きるのか興味がでてきた。
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by tnomura9 | 2008-08-23 12:03 | 考えるということ | Comments(0)

総量を知る

新聞のコラムに書いてあったのだが、新聞の編集長で類型的な表現に厳しい人がいて、若い記者が、「衝撃が走った」などと書いて持っていくと、えらく叱られて、『衝撃』と書いた紙を背中に貼られていたということだ。

新聞記事の文章のようなプロフェッショナルなものでも無限のバリエーションがあるわけではなく、有限な表現のストックのなかから選ばれているのだ。

知識は、少々の量では役に立たないが、かといって、無限の量が要求されるわけでもない。非常に大量ではあるがある量に達すると十分実用になる。この必要十分量を把握するということは大変なことだろうが、しかし、これが把握されていれば自分の知識がどのレベルにあるのかを把握できるようになる。

日本の英語教育では10年たっても会話一つできるようにできないのは、この知識の総量の把握が明示的になされていないからではないだろうか。日常会話程度からビジネスまでのさまざまなランクで単語と、例文と、聞き取りのための音声情報のスタンダードなリストがあればどの程度の知識の量をマスターしているのか把握することができる。項目が多量になるとはいっても辞書の厚さにはならないだろう。

任天堂の「英語漬け」「もっと英語漬け」などは、このスタンダードリストの試みのひとつと考えてもよいのではないだろうか。このような網羅的なリストがたくさん出てきて、そのなかから真に実用的なスタンダードリストが生まれてくれば、語学習得の効率ももっと上がってくるのではないだろうかと思う。

なんだか、コマーシャルの文章のようになったが、管理人は任天堂とはまったく関係ない。
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by tnomura9 | 2008-08-22 16:59 | 考えるということ | Comments(0)

無理は承知

最近自分の仕事をマニュアル化してみようと思い立って、仕事に使った資料やインターネットの情報を片っ端から印刷してフラットファイルに綴じ込んでいるが、見る間に厚くなっていく。

自分がやっている仕事は別に最先端の仕事ではないのに結構活用している情報量が多いのにびっくりする。興味が出たので、今度は知らなくてはならない知識だが、まだ読んでいない本を想定してみたら、単純に計算しても到底死ぬまでに読みこなせない量になったので愕然とした。

外国映画でよく本を天井まで並べた書斎が出てくるが、いまどきそんなものは流行らない古臭いなと思いながら眺めていた。ところが、自分が本を読んで理解できる早さを計算してみたら、一生かかっても、書斎の書棚でも余るくらいなのだ。

脳のシナプスの結合状態の可能性は宇宙全体にも匹敵するかもしれないが、一生の間にはっきりと理解できる知識はたかだか書斎の本棚分くらいしかないという現実がある。さまざまな勉強法も無限の可能性からどう自分に役立てるほんのわずかの知識を探し出すかという試みにすぎない。干し草の山の中から必死に針を見つけ出そうとしているわけだ。

無限の知識を、ちっぽけな有限の一生の中にどうやって切り取って行こうかと奮闘しているうちに自分の人生が終わってしまう。楽しいようで、苦しいようで、勇敢なようで、無意味なようで、それでも惹きつけられるのが生きているということなのだろう。
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by tnomura9 | 2008-08-18 21:16 | 考えるということ | Comments(0)

情報を組み立てる

情報の価値は、その数量と正の相関がある。1個か2個の情報で物事を判断していたら危なくてしかたがない。

最初はとにかく資料を集めなければならない。役に立ちそうなものは片端からファイリングして手元に置いておくことだ。関連のある情報を一ヶ所に集めて頻繁に参照できるようにしておくということが重要だ。コピーやネットの情報の印刷物は重要な武器となる。

資料は紙の文書の方がいい。コンピュータに格納した情報は、占有空間を圧縮できるが、一覧性は紙の文書に到底及ばない。もちろん、資料が膨大な場合、検索性などを考えるとコンピュータのほうがいいに決まっているが、個人的に把握しなければならない情報の場合、そう膨大な量は扱えないので紙の文書でかまわない。

情報の占有空間を圧縮したい場合は、既に自分が精通した知識を保管したいと考える場合だ。学習の途中では、いつでも、ぱらぱらとスキミングできる状態でなければならない。なんでもかんでもコンピュータに頼ったほうが能率が上がるわけではない。

資料はあっても目を通していなければただの資源ごみだ。たくさんの資料を集めたらかならず目を通しておかなければならない。スキミングの技術が必要だ。速読と違って全てを読むわけではなく、雑誌をめくるようにざっと見ながら、必要な情報に下線を入れる。全部を詳しく読まなくてもよいから、心の琴線に触れたものに印をつけていく。

また、資料全体を、頻回に眺める必要がある。資料の地図が頭の中にできあがるまでは資料の価値はゼロだ。

確実に理解するためには、発表しなくてもレポートを作成しなくてはならない。レポートを書くことによって、情報の有機的な構造、情報の出所などについての理解が深まる。いつ話をさせられても的確に答えることができるようでなければ、きちんと理解しているとは言えないのだ。レポートの作成は頻繁な編集が必要なのでコンピュータが必須だ。

QアンドAも作っておいた方がいい。個別の問題にたいする解決法は体系的な記述よりもQアンドAのほうが有効だからだ。これも頻繁に編集するのでコンピュータでやった方がいい。

こんなことは、たぶんだれも日常的にやっていないだろうし、管理人もやっていない。しかし、最近ちょっと必要なことができてきたので、やってみようと思っている。
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by tnomura9 | 2008-08-07 07:54 | 考えるということ | Comments(0)

発想の転換

管理人が学習法に興味を持つようになったのは、高校生の時数学が全くできなかったからだ。

それ以来、記憶術や速読法や思考法の本をあさるようになったが、あまり、頭がよくなったような気がしない。

今頃になって気がついたのだが、努力の方向性が間違っていたのではないだろうか。記憶力の悪い頭を良くしようとか、数学の問題を一目見ただけで解けるようにしようとか、英語をぺらぺらになろうとか、努力の方向に無理があったのではないだろうか。

むしろ、記憶力の悪い頭でも、約束を忘れないようにするにはどうするかとか、数学の問題がすぐには解けなくても、自分の仕事に必要な部分をマスターするためにはどうするかとか、英会話はできなくても、英語のホームページを読んで情報を得ることができるようにするにはどうするかとか。頭の性能をあげるのではなく、頭の性能はそのままでも目的を達成するにはどうするかという発想が大事だったのではないだろうか。

具体的にどうすればいいのかと言うのは、今のところ思いつかない。しかし、個々の要素的な能力は今になっては伸びる可能性はないのだから、それはそのままで、それらを組み合わせることによって目的を達成するようにすることを考えたほうがいいのだろう。

性能の悪い頭のままで目的を達成するにはどうしたらよいかということだ。
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by tnomura9 | 2008-08-06 07:34 | 考えるということ | Comments(0)

情報の管理

情報の管理については、整理をしたほうがいいという意見と、整理に時間をとられてはいけないという対立する意見がある。

どちらの意見ももっともに思えるので、数日真似をしてみるが結局うやむやになってしまうことが多い。どちらの方法も利点と欠点があり、いちど使い始めたらやめられないというほどの効果がないからだろう。

情報管理には次のようなポイントがある。

1. 情報を保存するための手間の問題
2. 情報を管理するための手間の問題
3. 情報を検索するための手間の問題
4. 情報を保管する場所の問題
5. 情報の可搬性の問題

これらは全て時間というコストがかかる。コストと効果を最適化するためにこれらのどれを重視するかで、情報を管理するためのスタイルが決まってくる。

Googleは情報の保存を機械にやらせることでこれを自動化し、一方、Wikipediaは利用者が自ら情報の保存を買って出るということで人海戦術をとることができている。Yahooはリンクだけだったが、Wikipediaは記事その物を閲覧できるのが便利だ。これらのおかげで一般的な知識ならこれらの問題に費やす時間が激減している。住所からGoogleマップを使って地図を確認してみることなど日常にやっている。

ただ専門的な話や一般的でない情報になると悩むことが多い。参考書のノートはとるべきなのか線引きで済ませるのか、ノートはどのメディアにとるべきなのか、紙か、電子媒体か、ネット上か、それらの保管と管理はどうするのか、等々。

情報処理の方法について悩むのも楽しみのひとつだ。

日頃仕事に使う情報をウェブで確認することが多いが、何回もアクセスする情報はプリントアウトしてフラットファイルに閉じることにしてみた。結構便利。
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by tnomura9 | 2008-08-05 08:22 | 考えるということ | Comments(0)

データの保存

仕事にしてもそれ以外にしても良質の大量の情報を把握していることが大切だし、結局のところ学習法とはそこのところをどうするかということになる。

ネットで検索すると、確実な情報もそうでないものも簡単にたくさん得ることができる。しかし、情報があまり多くても読みこなせないし、読んで理解したつもりでも一カ月もするとすっかり忘れてしまっている。

忘れてしまった情報はもう一度資料を読むしかないが、読み返すのにも初めて読んだときほどではないにしても時間を消費してしまう。したがって、頻繁に使わない情報は書棚やファイリングキャビネットの中で次第に埋もれていく。

学習は下りのエスカレータを上って行くようなものだと何かの本に書いてあったが、まさにそのとおりだ。読み返されなかった情報は埋もれて、やがて化石化してしまう。管理人のファイリングキャビネットの中にも化石化した大事な情報がたくさん埋まっている。

アメリカの探偵映画で、ファイリングキャビネットを探して情報を見つけるシーンがよくあるが、個人用の情報を入れるのにファイリングキャビネットや、パソコンを使うとデータを死蔵する危険が高くなるのではないだろうか。

むしろ、フラットファイルに綴じて、頻繁にスキミングすべきなのだろう。スキミングのスピードはパソコンのブラウザを見るよりも紙の資料をパラパラとめくるほうが数倍速い。

個人的な知識というのは、庭園を手入れするようなものだ。手入れをしていないとすぐに荒れるし、世話をすることのできる花の数も思ったよりも限られてしまう。学習できる量は有限であることを頭において、庭の設計をするように自分の知識を設計しないといけないのかもしれない。
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by tnomura9 | 2008-08-04 12:29 | 考えるということ | Comments(0)

『英語漬け』をクリアした。

『英語漬け』をクリアした。

残念ながらCNNは聞き取れなかった。知っている単語の数がまだ少なすぎるのだろう。ただ、所々単語が聞き取れるようになってきたので、勉強を続けたらあるいはという気になってきた。目標はとにかく映画やテレビを字幕無しでみることだ。若い時にやらないと語学は上達しないと聞いていたけれど、そんなこともないような気がしてきた。

そこで、『もっと英語漬け』を買った。今度は会話が主体で留学気分が味わえる。

ペーパーバックのミステリーにも挑戦してみよう。学ばなければならない知識の多さを恐れなくなったら、挑戦する気持ちが出てきた。受験教育の最大の弊害は、知識の量に対する恐怖感を植え付けることだ。三年間という短い時間で受験のレベルまで持っていかなければならないので当然かもしれないが、どれだけ多くの人を学習恐怖症にしてしまうことだろう。

だから、もっとも効果的な学習法は、学習しなければならない知識の量に対する恐怖感を取り除くことだ。
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by tnomura9 | 2008-08-03 08:19 | 考えるということ | Comments(0)

リアルタイムのフィードバック

『英語漬け』を使ってみてよかったのは、冠詞や前置詞の使い方が感覚的にわかるような気がしてきたことだ。

a にするか the にするか、そもそも冠詞をつけないのか、正解を入力しないと先に進んでくれないので、間違っていればすぐに分かる。リアルタイムでフィードバックしてくれるので、こういう状況にはこういう使い方がいいのだなという感覚が何となく分かってくる。この感覚的にわかるということが大切で、論理的に単数だ複数だと納得するよりはよほど応用が利く。

現場で先輩から仕事を習うのも同じ理屈で、叱られるのは嫌だがミスを即座に指摘してもらえるのでミスを起こした環境がリアルタイムにある状況でそれを知ることができる。ミスが発生した状況とその修正が同時的におきるため、その環境のパターンと不具合の記憶が同時に記憶される。そのため、感覚的に正しい判断が下せるようになるのだ。

プログラミングをするときも作っては走らせ、作っては走らせしているうちにプログラムのコツを感覚的につかむことができるようになる。何時間もプログラムを作っていてもあまり疲れを感じないのはそのためのようだ。

リアルタイムのフィードバックは学習の際の重要なキーポイントのような気がする。
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by tnomura9 | 2008-08-02 12:08 | 考えるということ | Comments(0)