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彼を知り己を知れば

「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」というのは孫子の言葉だが、本を読むときにも役に立つ。

普通、参考書を読むときは、文章や論理構造に気をつけて、できるだけ著者の意図のとおりに理解しようとするだろう。それでも、どうしても理解できないという感じを持つことが多い。そんなときは、発想を逆転させて、自分にとって分かりやすい説明はどうなんだろうかと考えてみることも必要だ。

物事を理解するのにも人によって癖があるもので、原因結果の連鎖で理解するようにするタイプ、分類すると良く分かるというタイプ、論理的に考えたほうが分かりやすいというタイプなどいろいろだろう。著者の思考の癖と自分の流儀が一致していれば良く分かるだろうし、それがかなり違う場合は理解が難しいかもしれない。

著者の説明を読みながら、同じテーマについて自分ならどう説明するだろうかと考えながら読んでいくと意外に分かりやすくなるものだ。さらに、著者の考え方の構成が見えてきて、自分との違いが分かってきたらもっと面白いだろう。

いずれにせよ、自分はどういう風に物事を理解しようとしているかということを考えてみて、自分の思考の癖を意識することができるようになることは大切なことだ。
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by tnomura9 | 2007-09-29 02:19 | 考えるということ | Comments(0)

何もしない

脳を効果的に働かせるためには、脳を休めるコツも覚えておく必要がある。

列車の到着待ちなど、ちょっとした空白の時間ができたときに、何もしないでいることができるだろうか。缶コーヒーも飲まず、雑誌も読まず、ただぼーっと時間を過ごすのだ。それがどうしても苦痛でたまらない、何か読んでいないと落ち着かないというひとは、脳の活動中毒の可能性がある。朝起きたときになんともいえない倦怠感を感じることはないだろうか。長い時間立っていると苦しくならないだろうか。脳が活動過剰で疲弊しているからだ。

何もしない時間に耐えるこつは、感覚に注意を払うことだ。耳に聞こえてくる周囲の音を聞くともなく聞いてみる。日ごろの仕事の心配がすっかり忘れ去られるまで聞こえてくる音に集中する。また、自分の体から来る感覚、服の手触り、筋肉の動く感じ、顔に当たる風の感触を意識する。肺に流れ込む感じを意識する。すると時間の流れがゆったりとなっていくのが分かる。

視覚はあまり使わないほうが良い。もともと脳の活動の大部分を占めている上に、酷使されているからだ。むしろ、目はつぶっていたほうがよい。見るとすれば、水槽の中の熱帯魚などゆっくりした動きのものをぼんやりと追視する。

脳を使いすぎると、意識が脳の中の仮想現実に閉じ込められてしまい、出口がなくなってしまう。エピクロスは外界の刺激をありのまま受け入れることが、心の平静(アタラクシア)につながると言っている。外界の刺激を入れることで脳を休めることは脳の健康のためにも大切なことだ。
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by tnomura9 | 2007-09-25 17:55 | 考えるということ | Comments(0)

思考の3要素

うまく考えることができるようになるためには3つの要素に気をつければよいのではないかとふと気づいた。

3つの要素について述べる前に、思考するということの本質は何かということを考えてみよう。どんな種類の思考であれ、すべての思考は目的を持っている。それは、問題を解決するということだ。したがって、効果的な思考について考える前に、自分が解こうとしている問題が何であるのかをはっきりしておくことが肝要だ。これから述べる3要素は、あくまでもその問題を解く場合に必要な条件となるものだ。

効果的な思考の3要素の第一は、パターン発見力だ。混沌としたあるいは雑然とした現象の中に規則性を発見する能力は思考力の要ともなる能力だ。数学の問題や、詰め将棋や、パズルなどではそれが純粋な形で現れやすい。

第2の要素は、構想力だ。関心のある問題について起こりえるあらゆる可能性を想起できる力だ。スペースシャトルチャレンジャーの爆発は、低温のせいで燃料チューブが破損するかもしれないという可能性を想定できなかったせいだ。病気の診断でも、目に見える症状に関連するあらゆる疾患のカタログを思いつくことができることが大切になる。孫子の「算多きは勝ち、算少なきは負ける」という言葉はそれを表している。

第3の要素は、論理力だ。論理的な推論に習熟しておくことは考える力を発揮するために必須の条件だ。論理の力は、とくに、絶対に起こりえない可能性を推論する場合によく発揮される。論理的に矛盾する結果が起きる場合には、その前提に問題があるのだが、問題のある前提を発見するために論理力を使うのが特に効果があるのだ。考えるというのは、多くの選択肢の中から問題を解決する可能性のある選択肢を選び出す操作なのだが、絶対に問題解決につながらない選択肢をすばやく見つけ出すことが非常に重要だ。その際に論理の力が効力を発揮してくれる。

実践的には、やらなければならないことより、やってはいけないことを発見する場合のほうが論理的推論の妥当性が大きいことが多い。数学の世界とは違って、現実の世界では演繹的推論のもととなる含意の妥当性に幅があることが多いためだ。

この3要素、すなわち、パターン発見力、構想力、論理力のどれを今自分は使っているのかを意識して考えることで、問題解決のためのよりよい思考法が見えてくる。

じつは考えがあまりこなれていないので、適切な実例が思い浮かばなかった。不親切な記述になってしまったが、実際の問題について考えているときになるほどと思うことがあるかもしれないので書いておいた。
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by tnomura9 | 2007-09-14 02:18 | 考えるということ | Comments(0)

膨らませる

思考力を鍛えるコツは、いつも考える癖をつけることだ。考えるためのトレーニングとしては、キーワードを膨らませるのが簡単で良い方法だ。

どうするかというと、ひとつのキーワードから思いつく限りの関連する内容を考えるのだ。

たとえば、「高血圧」というキーワードから、高血圧のひとは脳出血を起こしやすいとか、ほとんどが原因不明の本態性高血圧であるとか、血液中のレニンアンギオテンシン系という物質のシステムの影響を受けているとか、降圧目標は高齢者で140/90以下、若年者130/85以下、糖尿病、腎障害130/80以下とか、細動脈の中膜の肥厚があるが、これはずれストレスによって内膜から分泌された増殖因子によるものかもしれないとか、どんどん連想を膨らませていくことができるかどうか確かめてみる。

また、全く知らないキーワードについても、どういう分野の言葉なのか、良い意味があるのか悪い意味があるのか、それから派生して何が起きるのかなどなど、今度は、質問で膨らませていくのだ。

いずれにせよ、何かのキーワードに関連して反射的に内容を膨らませることができるようにしておくことが大切だ。キーワードを膨らませることが簡単にできるようになれば、その関連の情報はそのキーワードに圧縮することができる。脳の外の情報も物理的なスペースの圧縮が必要だが、脳内の情報も連想で圧縮できると便利だ。
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by tnomura9 | 2007-09-10 11:51 | 考えるということ | Comments(0)

パターン認識

すべての数学の問題はたった一つの方法で解けてしまうといったらどう思うだろうか。

しかし、すべての数学の問題はパターン認識というたった一つの方法で解けてしまうのだ。少なくとも大学入試の基本問題はパターン認識ということを意識して解けば簡単に解けてしまうような気がする。

パターン認識とはどんなものかというと、よく例に出されるのが文字の認識だ。いろいろな活字や手書きの文字は相当形が変わっているにもかかわらず同じ文字として認識されている。その認識の方法は神経生理学の知識やコンピュータ科学の方法を使うことによって、機械にも実現できるという時代になってきている。

しかし、パターン認識の本質は、細部の違いにもかかわらず、その情報の構造が本質的に同じものだと見抜くことなのだ。たとえば2数の和の2乗の公式がある。

(a + b)^2 = a^2 + 2ab + b^2

という式で、a や b という文字には本質的な意味はない、x や y に変えても、1 や 2 といった数字に変えても、はたまた、丸印や三角にかえてもその意味は変わらない。この式はつまりあるパターンの恒常性をあらわしているのだ。

パターンは具体的な要素ではなく、要素と要素との間にある目に見えない関係あるいは構造なので、パターンそのものを記号としてあらわすのは難しい。公式は、それを何とか形として表そうとした工夫なのだ。

実際、数学の問題を解くというのは、問題に潜むこのパターンを発見していくという操作に他ならない。たとえば次のような問題を考えてみよう。

問題 x^4 - y^ 4 を因数分解せよ。

これは、この式の中に A^2 - B^2 = (A - B)(A + B) というパターンが隠れていることを発見すれば簡単に解くことができる。答えは次のようになる。

x^4 - y^4
= (x^2)^2 - (y^2)^2
= (x^2 - y^2)(x^2 + y^2)
= (x - y)(x + y)(x^2 + y^2)

上の答えを見ると、 A^2 - B^2 = (A - B)(A + B) というパターンを次々に適用していくだけで問題が自然に解けてしまうのが分かる。

数学の問題はほとんどがこのようなやり方でとけてしまう。それは代数に限らず幾何の問題でもそうだ。もっというと、数学に限らずすべての問題の解き方は、本質的にパターンを発見する作業だ。したがって、問題を解くときにパターン認識をするのだと意識しておくだけで解決の方向性を探るのがずいぶん楽になる。

問題を解くときに個々の解決法を「パターン認識」としてとらえるのは、一種のメタ思考だ。個々の思考活動をこのメタ思考の観点で捕らえていくときに思考の方向性や問題点がよりよく分かってくる。

脳というのは本質的にパターン認識機械なのかもしれない。
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by tnomura9 | 2007-09-09 19:35 | 考えるということ | Comments(0)

要点をみつける。

文章を全部は読まずに、要点だけを読み取るのが「要するに」読みだが、要点を見つけるにはいったいどうしたらよいのだろうか。

要点という単語の中には「点」が含まれている。要するに「要点」とは最も重要な「点」のことを言うのだ。英語でも Let's get to the point. (本題に戻ろう) というときに point という単語を使っている。つまり、要点を見つけるとは、もっとも重要と思われる単語(キーワード)を見つけることなのだ。

そうであれば話は簡単だ、要点となるキーワードを見つけるのは、美人コンテストのようなオーディションの要領でやればいいのだ。文章の中から有望そうな単語を複数見つけてきて、その中からベストワンを選び出せばよいのだ。そうやって、最重要単語をピックアップできたらそれを中心に連想を働かせて内容を膨らませると自然と要点が分かってくるという仕掛けだ。

種を明かせばなーんだという方法だが、実際にやってみるとこれが結構役に立つ。最重要キーワードの選定は不思議にあまり悩まないできまる。あとはそうやって選び出した一個のキーワードについてあれこれ考えているうちに要点の構造が明確になってくる。

最重要単語のオーディションをするというのは遊びとしても面白い。あまり思考力を要求されないので、精神エネルギーが低下しているときも暇つぶしにやれる。

説明があまりに漠然としているのでもうすこし詳しく考えてみよう。いま、ある二つのキーワードを選び出して、どちらかを選んで、どちらかを捨てようと考えているとしてみよう。より重要なキーワードとして拾い上げるキーワードと、そうでないキーワードはどうやって選ぶのだろうか。

まず、できるだけ本質的なものかそうでないかを考えるだろう。一方のキーワードを捨ててしまうとまったく意味が通らなくなるが、もう一方のキーワードは連想や論理で補えると考えた場合、さいしょのキーワードを残すだろう。

また、二つのキーワードを比較して一方が概念のはしごの上のほうにあったばあい、そちらのほうがより一般的な意味を持っおり、応用範囲が広いのでそちらを採用するかもしれない。しかし、あまりに抽象度が高くなると、なんにでも当てはまってしまうので却って情報価値が低くなってしまうので採用しないかもしれない。

キーワードのオーディションをしているときには無意識にキーワードに対するこのような判断を行っているのだ。したがって最終的に選ばれたキーワードは、その文章の構造のルートに位置するものといえる。それだから、そのキーワードに意識を集中して思い巡らすと、自然に文章全体の内容が理解できるという具合になっているのだ。

レーガン大統領は、政策が提案されるときその要点をカードに要約するように要求していたそうだ。要点をひとつに絞って、それを中心に考えるということの重要さを知っていたのかもしれない。
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by tnomura9 | 2007-09-07 17:27 | 考えるということ | Comments(0)

「要するに」読書法

実は管理人は速読法についてはあきらめた口だ。視野を広くしたり、目をすばやく動かしたり、一度に4行も5行も同時に読んだり、果ては一ページを写真を撮るように一瞥して内容を把握したりは到底自分にできることではないと悟ったのだ。

それでも、読まないといけない文書の量は半端でないので「要するに」読書法というのを考えてみた。「要するに何を言いたいのか」をできるだけ文字を読まないで読み取ってしまうのだ。細かい情報についてはあきらめて、要点だけを読み取るやりかただ。

どういう方法かというと、自分に「読むな、読むな」と言い聞かせながら、文書全体を絵を見るように、あちこち眺めるのだ。あちこち眺めながら単語を拾い読みして、キーワードを見つける。そうして、「要するにこういうことだな」というのが分かったら読むのをやめるのだ。速読ではないので大量に読み落しが発生するが、要するに何が言いたかったのかは頭に残る。

この方法で文庫本の小説を読んでみたが、ちっとも面白くなかった。その上、小説の世界に浸りたいという誘惑とも戦わなければならない。しかし、おかげで一日一冊のペースで読むことができるようになったので、本を読むのが楽しくなった。

すべてを完全に読みとらなければならないという読書の完璧癖に気づくにはいい方法だと思う。
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by tnomura9 | 2007-09-04 16:51 | 考えるということ | Comments(0)

段取りをつける

考えることというカテゴリーで書いた記事が196件になった。自分の思考力と記憶力に不満を感じていろいろと工夫してみたが、そろそろネタ切れになってしまったようだ。工夫したことを実行してみて感じたことだが、こまごました細かいテクニックよりも結局は学習を進めるときの段取りが大切だということだ。

ところで、何の学習をするにしても、どうしても考えておかないといけない段取りがある。そのポイントは4つある。

第一は目的をはっきりすること。自分がその知識を得ようとおもった目的意識だけでなく、その知識が何のためにあるのかということをはっきりさせておくことだ。

第二はその目的を達成するための手段を考えること。これもまた、自分がどうその知識を獲得するかというスケジュールも大切だが、その知識が対象としている目的のために、その知識自身の構成がどのように目的達成に向かって組織化されているかということを知ることである。言い換えると、段取りにも二通りあり、ひとつは学ぶ側の段取り、もうひとつは著者の側の段取りだ。この著者の側の意図を見抜ければ学習の見通しが非常によくなる。

第三は獲得した知識はとにかく使うこと。道具は使わないと上達しない。知識だって一緒で、溜め込むだけの知識は学習しなかったのと同じだ。使うことによって、知識の不備や理解の浅かったところに気がついてくる。問題集を解いたり、文書を作ったりすることは不可欠だ。

第四はフィードバックすること。知識を使ってみて不十分なところは、再度調べなおしたりして補強しておく。当たり前のようだが、時間に追われる仕事をしているとついおろそかになってしまう。そうして、前回遭遇した問題でまたあわてるということになってしまう。

こういう段取りは、イベントや宴会を企画するのと全く同じ方法が適用できる。ただ、イベントのときと違って、学習のときはそれを意識していないだけだ。しかし、本当は学習の場合も意識して段取りすることが大切なのだ。

それだけでなく、段取りするという作業はもっと思考活動において本質的なものがあるようだ。思考する目的は、問題解決だが、そのためには問題を解決するためのいろいろな要素を選択し、組み合わせて、順序良く利用しなくてはならない。知識を習得するために段取りするという作業のうちに自然にその知識体系の本質が見えてくるのだ。
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by tnomura9 | 2007-09-03 11:51 | 考えるということ | Comments(0)