カテゴリ:考えるということ( 772 )

万物は数である

全く直感的な話で根拠はないが、チューリング機械、ラムダ計算、素朴集合論、可算集合はみな同じものを表しているような気がする。そうしてこれらには不可避的にラッセルのパラドックスが存在する。

小さなプログラムでも作成していると、無限ループや無限の再帰によるスタックオーバーフローなどよく経験するが、これらはラッセルのパラドックスによって起きている。実際にはこれらのバグを避けながらプログラムを作っていく。

集合論を基礎に数学の理論を組み立てていくときも同様なことが起きる。端的なのがゲーデルの不完全性定理だ。これは一階述語論理におきたラッセルのパラドックスだ。

全能者は非全能者となり得るかという哲学の議論もラッセルのパラドックスだ。

これらのラッセルのパラドックスは、その体系が本質的に不動点を抱え込んでいるためにおきる。不動点とは f(x) = x となる x のことだ。不動点をもつシステムではラッセルのパラドックスを回避することはできない。

自然現象の全てはコンピュータでシミュレーションできるので、「万物は数である」というピタゴラスの主張は正しかった。しかし、その数はラッセルのパラドックスを抱えていたために無理数が発見されてしまった。

これからも人間はラッセルのパラドックスを抱えたシステムで、バグをうまく避けながら世界を探求していくのだろう。

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by tnomura9 | 2017-11-08 07:33 | 考えるということ | Comments(0)

利尿薬でどうして血圧が下がらないのか

ある人に、心不全の患者さんに利尿薬が3種類も処方されているのに血圧は下がらないのかと尋ねられた。確かに利尿薬で体液は減るわけだから、血圧は下がってもいい。しかし、ひどく下がるときもあるが大抵はあまり血圧が下がるということはない。なぜなんだろう。

一般に血圧というのは動脈圧を指している。しかし、動脈が分岐して毛細血管になる頃には動脈圧はほとんど0になってしまう。つまり、血圧の影響は毛細血管までしか届かない。血液が毛細血管を抜けて静脈へ行く頃には、心臓の拍出による血圧の影響はなくなり、静脈の還流には心臓の影響はないに等しい。

すなわち、血液循環のシステムは動脈系のコンパートメントと静脈系のコンパートメントにはっきりわけられていると考えることができる。

したがって、利尿薬によって腎臓から失われた体液は動脈系のコンパートメントから失われるのか、静脈系のコンパートメントから失われるのかをはっきりしておく必要がある。

動脈血は腎臓の糸球体で濾過され、尿細管やヘンレのループで再吸収される。この際、再吸収された血液は腎静脈に戻っていき、動脈に戻ることはない。利尿薬によって腎臓から尿として体液が排出されたとしても、体液量が減るのは静脈系の循環血液量が減るのであって、動脈系の血液容量には変化がない。

血圧は動脈系の血液容量と動脈のコンプライアンスで決まるので、動脈系の血液容量の変化がなければ血圧は下がらないのだ。利尿薬を使っても血圧があまり下がらないのはそういう理由からだ。

それでは、どのようなときに血圧は下がるのだろうか。動脈の末梢血管が拡張して末梢血管抵抗が下がると、動脈全体の血液量が減少する。動脈のコンプライアンスが変化しなければ動脈の血液容量が減少するため血圧は下がってしまう。したがって、血圧を下降させるためには利尿剤で体液量を減少させることよりも末梢血管の抵抗を減らしたほうが効果的だ。

また、心拍出量が減少すれば動脈系のインとアウトのバランスから動脈の血液容量が減少し、これも降圧の要因となる。それでは、心拍出量が減少するのはどのようなときだろうか。それは、左房への肺からの血液の還流が減少する場合だ。肺への血液の供給は右室が行うので、右室の拍出量が、左室の心拍出量の鍵を握っていることになる。右室梗塞の時の治療抵抗性の低血圧はこの機序によっている。

右室の収縮力が機能している場合、右室からの拍出量は、右房への静脈還流量に依存している。そうして、右房への静脈還流量は大静脈と右房の圧較差、すなわち大静脈の静脈圧に依存する。さらに、大静脈の静脈圧は静脈系の血液容量と静脈系のコンプライアンスに依存することになる。

静脈のコンプライアンスは、動脈のコンプライアンスより遥かに大きいので、静脈系の血液容量の変化は、動脈に比べ静脈圧にあまり影響しない。すなわち、利尿薬で利尿を行っても、静脈圧の変化は動脈に比べ僅かなものになる。このため利尿薬による体液の減少は静脈圧の現象にあまり寄与せず、そのため右室の拍出量は減少せず、ひいては左室の心拍出量の減少にも繋がらず、血圧低下がみられない。

血圧は心拍出量と末梢血管抵抗と循環血液量に影響をうけるとしても、動脈系と静脈系に分けて考えなければ利尿剤の影響を予測できないことが分かる。

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by tnomura9 | 2017-10-23 22:10 | 考えるということ | Comments(0)

理解のタイムラグ

『世界記憶力グランドマスターが教える脳にまかせる勉強法』池田義博著を読んだ。その中でも「3サイクル反復速習法」が独創的だったので今実行してみている。要するに1回の読書でベージを3回読み返しながら読み進めていく方法だが、その読み進め方が独特だ。1ページを読み終わって次のページに進む前に、そのページの一つ前のページから読み返すのだ。

今読んでいるページを読み終えたら、次のページに進む前に今読んでいるページの一つ前のページを読み返す。その後今読んでいるページをもう一度読み、それから、次のページに進むのだ。このサイクルを繰り返していくと、一回の読書で同じページを3回読むことになる。

面倒くさそうに見えるが、やってみるとそれほどでもない。速度が気になるなら、スキミングすればよい。実際にやってみると面白いことに気がついた。それは、次のページに移る前に今読んでいる一つ前のページを読むと内容がよく分かるのだ。それは繰り返しの3回目だからというだけでなく、書いてあることの構成や著者の意図が1回目に読んだときよりはるかによく見える。

そこで思いついたのは、3回目というタイムラグの間に、脳が1回目に読んだことを咀嚼して理解を深めているのではないかということだ。つまり一回目の読書では文字情報から内容を読み取るが、その内容を理解するために少しタイムラグが発生するのではないだろうか。さらに、文字情報の読み取りと同時に、意識には上らないが、意識下でそれを既存の記憶に関連付けて理解するという作業が行われているのではないだろうか。

どうやら、読書の際には文字情報から内容を読み取るという作業と、読み取った内容を既存の記憶と関連付けて理解するという2つの作業が同時進行的に行われており、読み取る作業とそれを理解する作業の間には少しのタイムラグがあるようなのだ。この理解する作業は意識下で行われているため読み取り作業の表面には現れないが、読み返す操作で意識に上らせることができる。この意識下の作業を読み返しで意識に上らせることで記憶の再定着ができるのだろう。

読み返しの操作は、ある程度細切れに行うのが有効だ。おそらく、本を3回通読してもこの分かったという感じはおこらないだろう。脳が新しい情報を処理するための適切な情報量があるに違いない。その情報の単位というのはどうも新書版1ページくらいのようだ。専門分野の教科書などは1ページの情報量が多く、読み返しの効果が薄れるような気がする。この場合は参考書の1ページ分を3等分して、それを新書の1ページとして取り扱うといいかもしれない。

この考えはノートの取り方にも応用できるのではないだろうか。参考書を読みながら丸写しするのではなく、前のページを読み返すときにノートに記入するのだ。あるいは脳が疲れなければ、前のページの内容を思い出して記入しても良い。いずれにせよ、意識的な読み取り作業に隠れている同時進行の意識下の理解の作業を有効活用することが大切だ。

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by tnomura9 | 2017-10-02 06:05 | 考えるということ | Comments(0)

長江文明

宮崎と鹿児島の南九州の古代の文化は、北九州の文化と非常に異なっている。例えば、地下式横穴墓などはほとんどが南九州でしか見られないものだ。また、花弁状竪穴住居もそうである。これほど際立った文化の違いは重要だ。

北九州の文化は、魏志倭人伝にも見られるように漢人の文化の影響を強く受けていると考えられる。しかし、宮崎や鹿児島の文化は漢人のものとは違う。どうもこれは揚子江流域で発展した長江文明の文化ではないかと思われる。

長江文明とは長江流域で起こった中国の複数の古代文明の総称である。その始まりは紀元前14000年とも言われている。稲作と漁労を主な生業としていたため稲作漁撈文化とも言われる。紀元前2500年ころの地球の気候の寒冷化とともに南下してきた黄河流域の漢人との抗争に敗れ、雲南省の苗族や、カンボジア、日本などへの民族移動が起きたと言われている。

長江文明の特徴は、母系社会であること、稲作や高度な航海技術を持っていたこと。文字を持たなかったこと。太陽と鳥を崇める宗教を持っていたこと。鏡と剣による祭祀があったこと。高度の玉の加工技術があったこと。呪術が盛んだったこと。顔に入れ墨を入れていたことなど、魏志倭人伝の邪馬台国の描写に共通するものがある。

大陸から長江文明の集団が東シナ海を渡って直接鹿児島や宮崎に渡来してきたことは大いに有り得ることだ。やっぱり邪馬台国は宮崎平野にあったのだ。


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by tnomura9 | 2017-05-12 22:51 | 考えるということ | Comments(0)

読み返しやすいノートのとりかた

参考書を読みながらノートをとるというと、本の目次のように階層性に用語を整理していく方法が一般的だが、ノートを読み返すときにはこれが意外に読みにくい。それは項目の階層が変るたびに連想が分岐するからだ。連想は本来数珠つなぎになっているものの想起が自然だからだ。連想の連鎖の中に分岐が入ると連想の流れが途切れ先へ進めなくなる。例えば次のような文章について考えてみる。

CD4ヘルパー細胞には(1)IFN-γ、IL-2を産生し細胞免疫に関与するTh1細胞(2)IL-4、IL-5、IL-13を産生しアレルギー疾患の発症に関与するTh2細胞(3)IL-17Aなどの炎症性サイトカインを産生し、自己免疫疾患の病態に関与するTh17細胞、(4)IL-9とIL-10を主に産生しアレルギー疾患の病態に寄与するTH9細胞(5)ケモカイン受容体CXCR5を発現することにより二次リンパ組織の濾胞胚中心にちちし、ICOSなど副刺激分子の発現とIL-21の産生を介して抗体産生を誘導する濾胞ヘルパーT細胞(Tfh細胞)の5種類が存在する。

これを一般的なノート法で記述すると、

A. CD4ヘルパー細胞
(1)Th1細胞
  (a) IFN−γ
  (b) IL-2
(2)Th2細胞
  ....

のような書き方になるが、ノートの木構造の分岐部で連想が途切れ切れやすく読み返しても内容を思い出せない。これを数珠つなぎの連想の順番に書き直すと次のようになる。

CD4陽性ヘルパー細胞 - Th1細胞 - Th2細胞 - Th17細胞 - Th9細胞 - Tfh細胞
Th1細胞 - IF-γ産生 - IL-2産生 - 細胞性免疫に関与
Th2細胞 - IL-4を産生 - IL-5産生 - IL-13産生 - アレルギー疾患の発症
Th17細胞 - IL-17産生 - 自己免疫疾患に関与
Th9細胞 - IL-9産生 - IL-10産生 - アレルギー疾患の病態に寄与
Tfh細胞 - CXCR5を発現 - 濾胞胚中心に位置 - ICOS発現 - IL21産生 - 抗体産生を誘導

このノートには最初のノートのような整然とした階層構造はないが、分岐がないので、冒頭の語句から数珠つなぎに連想を辿っていくことができる。そのため、読み返すときに各行の冒頭の語句からその内容を容易に思い出すことができる。想起のための連想にやさしいノートの録り方になっている。

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by tnomura9 | 2017-04-11 08:20 | 考えるということ | Comments(0)

要するにどういうことか

企業の重役などで細かい専門的な知識はないはずなのに妙にうがった質問をする人がある。これは、物事の概要をつかむ能力に長けているからだろう。

参考書を読むときも、要するに何が言いたいのかという概要を掴んでおくと、細かい技術的なことも頭に入りやすくなる。また、本の概要をつかむのには細部の専門的な知識は必要ない。以前の記事で技術用語を押さえておくことが技術関連の参考書を読むのに必須だと述べたが、概要を把握するには逆に技術用語ではない一般的な単語に注目する必要がある。次の文章はアレルギーについて解説した参考書の最初の部分を抜粋したものだ。

アレルギー疾患とは、特定の抗原(アレルゲン)に対する免疫応答が過剰に誘導され、かえって宿主に対して不利益を与える病態を指すが、実際のアレルギー疾患患者の多彩な症状の発現には、抗原特異的な免疫応答(獲得免疫)だけでなく、抗原に非特異的な要因(感染や組織の障害など)によって誘導される免疫応答(自然免疫応答)が重要な役割を演じることが近年明らかにされている。本稿では、まず獲得免疫系と自然免疫系の活性化による慢性好酸球性炎症(2型炎症)の誘導機序を概説し、環境因子(特に感染性の因子)がアレルギー疾患の発症に与える影響とその機序、ウィルス側の要因か宿主側の要因かの概略を述べ、最後に今後の研究の方向性を記す。

まず第1行の、「アレルギー性疾患とは、.... 近年明らかにされている。」という文だが、まず「アレルギー疾患とは」という文頭の部分に注目する。〜とはというのはグーグル検索のときによく利用する表現で、用語の定義を調べたいときに利用する。この場合も「とは」という単語からこの文章が、アレルギーの定義について述べているのだと予測できる。

用語を定義する文章の場合は「〜と定義される」とか「〜である」などの動詞で文が終わることが多い。しかし、この文の場合の文末は「近年明らかにされている。」となっており整合性がない。実は、この文はアレルギー疾患の定義と、その定義に最近の研究で新しい視点が加わったことという2つの文の複文であるからだ。アレルギーの定義を述べた前半の文の文末は「病態を指すが、」であり、〜を指すという文末で終了しているのでその間に定義が述べられていることが分かる。

「〜とは」と「〜を指すが、」の間がアレルギー性疾患の定義であり、「免疫反応が過剰」とか「不利益」とかいう部分から「アレルギー性疾患は免疫反応が過剰になり人に不利益な状態になったものを指す」というアレルギー疾患の定義が理解できる。

このように文章の概要をつかむためには、技術用語よりも一般的な表現に注目するのがよい。特に、文頭と文末の表現を押さえることが有効だ。

後半の「実際のアレルギー患者の .... 近年明らかにされている。」という部分も読んでみよう。文頭の「実際のアレルギー患者の多彩な症状の発現には、」という部分から実際のアレルギー疾患について述べていることがわかる。また、「実際の」という言葉から、前半の原則的な定義とは違う何かが現場にはあるよというニュアンスがわかる。

そこで文末を読むと「重要な役割を演ずることが近年明らかにされている。」となっているので、以前とはことなる新しい知識に焦点が当てられているのが予測できる。それは、文の中ほどにある「抗原特異的な免疫応答(獲得免疫)だけでなく、」という表現からも獲得免疫では「ないほう」が新しくて重要なのだということが分かる。それは何かというと「抗原に非特異的な要因(感染や組織の障害など)によって誘導される免疫応答(自然免疫応答)が重要な役割を演じること」である。

以上を要約すると「アレルギー疾患は免疫の過剰反応だ。これについては以前は獲得免疫によるものと考えられていたが、近年自然免疫の役割に注目が集まっている。」となる。

文章の概要を求める動機は、「要するに何が言いたいのか」というのを知りたいという気持ちである。また、それは文章の技術的でない一般的な表現を押さえることで理解できる。特に、文頭と文末の表現に注目すると自然に要約をしていくことができる。

分厚い参考書を最初から読んでいくと挫折してしまう。まずザッピング、スキミング、スキャニングなどで大体の構成を調べ、上のような読み方で「要するに何か」ということを知り、そこから「一体自分は何を知りたいのか」ということの一連のリンクされた質問リストを作り、それから読み始めなければならないからだ。最も大切なのは「良い質問を作る」ということであって、参考書の内容を暗記することではない。

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by tnomura9 | 2017-04-07 05:42 | 考えるということ | Comments(0)

リンク化問題リスト

参考書のザッピングをしながら、情報カードに問題を書き込んでみた。ところが、しばらくして情報カードを見返すと、問題の内容が全くまとまりがなく、なにを疑問に思っていたのかすら分からなくなっていた。

どうやら問題のリストを作成するときも、問題と次の問題とのあいだに何らかの連想のリンクを考えておかないとあまり役にたたないようだ。

たとえば免疫に関する問題リストをつぎのように作ってみる。

1.免疫系を大別したとき一方は何と呼ばれているか。
2.自然免疫とは何か。
3.自然免疫でないほうの免疫系を何というか。
4.獲得免疫とはなにか。
5.獲得免疫にはどんな種類があるか一つ述べよ。
6.液性免疫とは何か。
7.液性免疫でないほうの免疫系は何か。
8.細胞性免疫とはなにか。

このようにすると問題リストが関連しあっているため、自然な連想で問題のリストを順に思い浮かべることができる。問題点のメモを取るときも、このような LLQ (List of Linked Questions) でまとめていくことで復習が楽になる。

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by tnomura9 | 2017-04-03 18:13 | 考えるということ | Comments(0)

ザッピング三昧

最近記事の更新をしていなかったが、参考書のザッピング三昧をしていたからだ。ザッピングというのはテレビのリモコンでチャンネルを次々に変えていく傍迷惑な行動をいうが、これを読書に応用して参考書を読むというわけでもなくぱらぱらと眺めていくのだ。雑誌の記事を気ままに眺めていく感じだ。

現在やっているのは、10冊近くの参考書を机の上に置いてそのなかの適当に手に取った一冊をザッピングする方法だ。1冊の参考書をザッピングするのに10分もかからない。しかし、何も読んでいないようで脳はしっかり働いているらしく、疲労のため数冊のザッピングを連続して続けることはできない。したがって、まとまった時間をザッピングに充てるのではなく、細切れな空き時間が生じたときに行うほうが効果的なようだ。

10分くらいで1冊を終わるのだから、たいして頭に残らない。しかし、この方法の利点は今まで1度も目を通したことのない本も、少し読んで挫折した本もとにかく最後まで目を通すようになったことだ。0はいつまでたっても0だが、0.01は100回繰り返すと1になるかもしれない。

ザッピングのもう一つの利点は、参考書全体の鳥瞰図できな構成を把握できることだ。細部については知らないが、ほんのあの部分にはおおよそどのような話題があったのかを思いつくことができるようになった。

ザッピングをするときに気をつけていることが2つある。それはテクニカルターム(技術用語)を拾い上げることと、目についた内容についていかに疑問点を思いつくことができるかを考えることだ。

テクニカルタームは厳格に定義された言葉なので、文書によって意味が変わることがあまりない。したがって、その意味を知っておけばほかの参考書を読むのに応用が利く。テクニカルタームに出会うと意味が分かればいいやと以前はなおざりにしていたが、最近は読み方まで意識するようになった。

疑問点を重視するのはそれがなければ参考書をよむ動機と理解度が随分減るからだ。自分の頭で考えるという準備ができていない状態で文書を読んでも内容を理解することはできないだろう。

ザッピングにどれくらいの効果があるのかはまだわからないが、面白いのでしばらく続けてみることにする。

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by tnomura9 | 2017-03-31 12:46 | 考えるということ | Comments(0)

免疫学の知識

免疫学の知識は複雑な上に日進月歩なのでネットで調べても何が本当かわからない。信頼できそうな記事を見つけたのでメモ。


免疫学はたくさんの受容体やタンパク質が出てきて混乱するが、Tリンパ球の働きを中心に整理していくと少し分かりやすくなるのではないかという気がする。そのポイントとしては MHC-I と MHC-II の違いを理解するのがよいと考えた。

そこで MHC-I と MHC-II についてGoogle検索して、手当たり次第に文書や動画を閲覧したが、困った状況が発生した。確かに、インターネットのおかげで一般人も最先端の情報に触れやすくなってきた。しかし、一方ではネットの記事にはいろいろな解説があふれていて、ともすれば内容が全く異なっている。このため、どの記事が正しいのか分からなくなってしまったのだ。また、最先端の記事というのは後には否定されるような内容も含まれているはずだ。

学校の勉強と違って、実社会にはこれが正解といえるものはない。相反するような記述があったとしても動揺しない心構えが大切だ。このような混乱が嫌だからと言って、評価のほぼ確定した教科書だけを読むこともできるが、それだけでは面白くない。教科書は幹線道路だとしても、脇道の探索は結構楽しい。混沌とした知識というのは、今まさに成長しつつある知識、生き生きと変化している知識だからだ。

内容が混とんとしている知識を得る価値を測る物差しとしては、学んで楽しいかどうかを基準にするといいのかもしれない。

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by tnomura9 | 2017-03-12 22:20 | 考えるということ | Comments(0)

対比させない

Tリンパ球のヘルパー細胞には Th1 と Th2 の2種類があり、それぞれが分化するためのサイトカインや、分化した後のTh1 細胞や Th2 細胞が分泌するサイトカインの種類が異なる。そこでその違いが分かりやすいように表にしたものなどがあるが、これが記憶しずらい。分化するサイトカインや分泌するサイトカイン、などの概念が共通しているために干渉を起こしてどっちがどっちだったか混同してしまうからだ。

こういう時はTh1とTh2の対比をせずに Th1 に関する記憶が定着するまで意識的に Th2 の情報はインプットしないようにするといい。Th1 についてだけ徹底的に検索したり文書を読んだりして知識を得るのだ。Th1 の知識が確定していれば Th2 の知識は Th1 のアナロジーとして逆に理解しやすくなるだろう。

記憶をするときは印象をはっきりさせるために、類似の観念からの干渉を避けるべきだ。



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by tnomura9 | 2017-03-11 09:33 | 考えるということ | Comments(0)