ソシュールの考え方では、赤い鳥や赤い花や赤い服などをみて、「これは赤い」と言うとき、「赤い」という言葉によって「赤いもの」という概念を表しているのではないという。
「赤いもの」という概念があってそれに対するラベルとして「赤い」という言葉が使われるのではない。現実の世界には「赤いもの」というはっきりとした概念があるわけではなく、赤いものとそうでないものとの境界は曖昧だ。どこまでが赤いものであってどこまでが赤いものでないかは恣意的なものである。「赤い」という言葉は、連続的に変化している現実の現象の中で、他の言葉との関係性の中で、何が赤いものであるかというものを切り出す働きをしているだけである。この働きを分節作用という。 ここで分節作用について論じようとしているわけではないのだが、分節作用という用語は、言葉(単語)のもつ、集合でいう「内包的な定義」の作用の面に焦点を当てているようだ。つまり、内包的定義で集合を定める際には、個々の要素を内包的定義に照らしてそれがその集合に属するかそうでないかを判断することになる。内包的定義で集合の全体像が最初から見えているわけではなく、全体像は個々の要素について検討するうちに定まってくるのだ。 例えば「偶数」という用語は、数のうち2で割り切れるものを指すが、2や4が偶数であるかどうかはその時々で判断しなくてはならない。偶数の定義からは偶数の集合の全体像が初めから見えるわけではないのだ。 このように、語の分節作用によって、現象が、その語の指し示すものに含まれるかそうでないかが明らかになっていくが、その際に、あるものがその語の概念に含まれるか、そうでないかという判断が暗黙のうちに伴ってくる。たとえばある数が「偶数」であるかそうでないかは明瞭に判断できる。そのことによって、必然的に数は「偶数であるもの」と「偶数ではないもの」に分けられることになる。つまり、語の存在によって、世界が相容れない二つのものに分断されることになる。語による定義は、必然的に排中律を伴うことになる。 このような言葉の分節作用のためか、人間の思考は「善悪」、「上下」、「真偽」など二分的な思考になりやすい傾向がある。「偶数」の場合もその対比として「奇数」を持ってきやすい。6は2で割り切れるので「偶数」であり、5は2では割り切れず余りが1になるので「奇数」だ。ある数が「偶数」であって、同時に「奇数」であることはない。したがって、ある数が「偶数」でなければ、それは「奇数」であるはずだという排中律による推論は反射的に行われやすい。 しかし、この例でいくと、2.3はどうなるのだろうか。これは2で割りきることはできないので「偶数」ではない。それでは「奇数」かというと、2で割っても余りが1にならない。数は「偶数」か「奇数」であるはずなのに、「偶数」でも「奇数」でもない数が存在してしまうということになる。もちろん、これは数というものを「偶数」と「奇数」に2分できると考えたのが誤りであって、偶数と奇数に2分できるのは整数であって数ではない。2分するとすれば「偶数」と「偶数でない数」に分けなければならなかったのだ。 ソニーの初代ウォークマンにはヘッドフォンの端子が二つ付いていたそうだ。恋人同士が同じ曲を聴くことができるようにするためだ。その際に、ふたりがヘッドフォンをつけていたのでは会話ができないので、ウォークマン本体のマイクを通じて会話ができるようにするボタンがついていた。 ヘッドフォンをつけていたら同じ曲は聞けないし、会話もできないそれではどうするかという自然な推理だ。ヘッドフォンをつけていて恋人の声がきこえない。それでは、聞こえるようにするにはどうするかという発想でおこなわれた工夫だ。しかし、恋人と会話したいときはヘッドフォンは外せばいいし、そもそも、恋人とデートしているときには音楽は聞かないだろうという発想はなかった。 偶数の例やウォークマンの例のように不都合がはっきりと分かる場合はいいが、抽象的な思考の場合、言葉の分節作用のために無意識に紛れ込んだ排中律による推理が不都合を起こしていることに気がつかないことが多く出てくる。論理的な推論の場合、推論を積み重ねていくので、そのうちの一つでも誤謬が紛れ込むと全体の結論が台無しになってしまう。抽象的な概念の定義を理解するときには、その適用範囲の理解とともに無自覚に紛れ込む排中律による推論についても意識的に注意を払っておく必要がある。
by tnomura9
| 2009-04-30 03:36
| 考えるということ
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