抽象的な概念は二つの要素からなっている。
一つはその概念を言い表す名前だ。もう一つはその名前で示唆される概念の意味や内容だ。ソシュール風にいうと、抽象概念は記号表現と記号内容で成り立っている。 抽象的な文章に現れるのはこのうち概念の名前のほうで、定義は暗黙のうちに仮定されているか、別のところで記述されていることが多い。 たとえば、「集合Sの上に同値関係~が定義されているとき、集合Sの要素aを代表元とする同値類を定めることができる。」などという文章を読むとき、「同値関係」、「代表元」、「同値類」などの用語の意味を知らなくては何のことを言っているのか全く分からない。 抽象的な文章を読むのに困難を感じるのはこのように名前の定義が明示的に示されていない場合が多いからだ。 それでは概念の名前の定義を読めば、その概念をすっかり理解できるかというとそうとも言えない。 たとえば、「偶数とは2で割り切れる数のことである」という定義があったとする。しかし「偶数」の意味をこれを読んだだけでは理解したとは言えない。定義はあくまでもある要素がその概念に含まれるか否かの判定をするルールを記述してあるだけだからだ。 「偶数」の場合も、4は2で割り切れるから偶数だ、とか、3は2では割り切れないから偶数ではないなどと、いろいろな具体的な例について、頭の中で定義のルールに合致しているかそうでないかを判定して初めて、「偶数」とはどういうものかを理解することができる。 すなわち、概念の名前の定義とは、あるものがその概念に合致するのかそうでないかを「分節」するためのルールなのだ。したがって、定義を利用して頭の中にその概念の具体的なモデルができるまでは、何となく腑に落ちない気持ちが残ってしまう。 集合の用語を借りると、ある名前の概念の定義はその概念の内包的な定義であり、概念の意味はその概念の要素の外延的な列挙による脳内の概念のモデルである。 したがって、「概念の意味」とは、「概念の名前」、「概念の定義」、「概念のモデル」の三者の動的な相互作用であるということができる。
by tnomura9
| 2009-04-28 19:36
| 考えるということ
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