龍樹という人に興味がわいてきたので、書籍やWikipediaをいろいろと散策していたら、『龍樹』 中村元著 講談社学術文庫に収録されていた竜樹の著作『中論』のサンスクリット語からの翻訳に出会った。
この『中論』が書かれた目的は、説一切有部派の説くカテゴリーの実在論(鳥という個体は消滅してしまうが、鳥という概念は永遠に変わることがないという、プラトンのイデア論に似た考え方)を論破して、そのようなカテゴリーという恒常的なものはなく、一切の実在論には矛盾が存在するということを論証することのようだ。 竜樹が「空」ということをどういうふうに捉えていたのかはわからないが、一切の実在論には矛盾が存在するのであれば、この世界は一切の実在を有しない空であるということになる。 お釈迦様が説いたのは、この世界は無常であるということだ。普通の人が確実だと考えていることは実は確実なものは何もない。(平氏の繁栄はあっという間に過ぎ去ってしまった)。確実でないものを確実であると考えるところから妄執が生まれ、その妄執によって四苦八苦することになる。したがて、この世界のすべては過ぎ去るという真理を悟って妄執を離れたら、苦しみから逃れることができるという考え方だろう(仏教に詳しくないので本当のことはわからないが)。 竜樹はしたがってこのような世界の無常を論理的に明確にしたかったのかもしれない。 しかし、『中論』を読んでみたら、護教のためだけでなく哲学的に本質的な主題をも論じているように思えた。 竜樹の論理学的なセンスはなかなかのものだったようで、中論の構成は非常に明確だ。冒頭に竜樹の考える空の説明があり、この書物が冒頭の概念を論証することをはっきりさせている。その後に、因果が実在しないこと、運動が実在しないこと等々すべての実在をトリレンマ、テトラレンマに導くことによって否定していく。使われている論理学的手法は単純で、AについてA1とA2あるいはA1と非A2、非A1とA2、非A1と非A2を仮定しても不都合が生じるという議論になっている。 そうして扱われているテーマは重要な順序に配列されているようだ。最初が「因果の実在」、次が「運動の実在」、三番目が「認識能力の実在」などだ。全部を検討したわけではないが、すべての順序が十分に考え抜かれているような気がする。 まず、中論の冒頭の文をみてみよう。ここには、竜樹が空とはどのようなものだと考えていたかを書いてある。 〔宇宙においては〕何ものも消滅することなく(不滅)、何ものもあらたに生ずることなく(不生)、何ものも終末あることなく(不断)、何ものもそれ自身と同一であることなく(不一義)、何ものもそれ自身によって分かたれた別のものであることなく(不異議)、何ものも〔われらに向かって〕来ることもなく(不来)、〔われらから〕去ることもない(不出)、戯論(形而上学的論議)の消滅というめでたい縁起のことわりを説きたもうた仏を、もろもろの説法者のうちでの最も勝れた人として敬礼する。 要するに一切のものは実在しないと言っているわけだ。したがって、この反対を考えてみるとそれが一般の人が受け入れている世界観になる。 この世には消滅するものがあり、生成するものがあり、終末があり、永遠に変わらないものがあり、変化があり、やってくる未来があり、去っていく過去がある。 要するにこれらの普通の受け取り方には論理的な齟齬があるといっているのだ。 最後の「戯論(形而上学的論議)の消滅というめでたい縁起のことわり」という箇所は、ヴィトゲンシュタインの「語ることのできないものについては、沈黙しなければならない。」という言葉に似ていて、胸のすくような格好よさを感じる。 このエントリーを作ったのは、龍樹のどこがかっこいいのかを述べるためだ。『中論』の哲学的なところは、仏教やインド哲学や論理学に素人の管理人が論じることのできるものではない。 つぎのエントリーでは実在論の矛盾を竜樹がどのように鋭く論破したのか、個々の議論について考えてみたい。
by tnomura9
| 2009-03-22 10:23
| 考えるということ
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