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昭和恐慌

リーマンショックに始まった不況に底が見えない。

昭和恐慌に状況が似ているらしいと聞いたので、ネット検索して2,3の記事を読んでみたがもう一つよくわからない。つぎのような見方でよいのだろうか。間違っていれば訂正していただければ幸いだ。

第一次世界大戦が終わって、戦争特需がなくなり一斉に輸出高が減少した。

さらに関東大震災の被害で金融の決済ができなくなってしまったので、手形決済の遅れが必須となったものの処理を政府が行ったが、それに政商の保護という不透明な処理を潜ませたことが明らかになり、取り付け騒ぎが起きて、中小銀行が破たんし、中小企業への資金が供給されなくなった。

また、慢性的な不況を反映して為替相場が下落。国産品の競争力を高めようと生産合理化で意図的なカルテルを作ったため、さらに中小企業の倒産に拍車をかけるようになった。

為替を安定化するため政府は緊縮財政をひいて金を確保し、金本位制によって為替の下落を防ごうとしたが、折からの米国発の金融恐慌の影響で円高となり輸出額はさらに低下したうえ、金の大量流出を見てしまった。

また、米国発の世界恐慌のせいで繭の輸出量が激減し農家の収入が激減した。さらにデフレに米の豊作が加わって米が下落、農家の生活を破たんさせた。産業の受け皿が極度に縮小し、大学を出たけれど職が全くないという状況になった。

このため、高橋是清蔵相は金を禁輸し、管理通貨制度へ移行させ、軍備費増強と赤字国債の発行によりインフレ政策をとり通貨を供給させたところ、円価格は下落し、それとともに輸出は急増し、景気は回復した。しかし、いったん始まった軍拡は軍の意向でとどまらず、また、日本の輸出増に対し欧米がブロック経済をとったため、第二次世界大戦へと突き進んでいった。

というところだろうか。失政や、利権や、汚職や、失言や、マスコミのすっぱ抜きや、個々の企業の経営の失敗などの偶発的な要素もからまって不況に突入し、それが回復し、せっかく回復しても戦争へと突入していったように見える。

しかし、これを見ても政府の政策というものが奏功したのはそれこそ幸運だったからだとしか言えない気がする。政策そのものはきちんとしたビジョンによって粛々と遂行されたというより、さまざまな思惑の慣性力の合成として動いているようだ。

バングラデシュのグラミン銀行はバングラデシュ政府の政情の不安定さにも関わらず、大水害やサイクロンを切り抜けて活動し続けて、経済成長を底から支えているように見える。グラミン銀行が政府の干渉を受けずにここまで成長することが出来たのは、政府の利害とは全く縁のない最貧困層と女性をターゲットに営業されてきたからだろう。

政府とは違って、グラミン銀行の成功を支えているのは、個々の債務者の創意工夫と勤勉さだ。銀行は貧困者の自立の手助けをしているにすぎない。銀行がトップダウンに政策を押し付けるわけではなく、まさに個々の債務者の工夫と、創造性が銀行を支えている形になっている。

今度の日本の不況にたいしても、政策に期待するよりも、むしろ、政府が関心を持たない領域、たとえば地産地消や地域のコミュニティ活動など底辺の立場から取り組んでいく必要があるかもしれない。マクロな政策が迷走するときこそ、簡単ではないだろうが、地に足をつけた現場の創造性を発揮するときなのかもしれない。グラミン銀行の成功はそれが夢ではないことを証明しているような気がする。
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by tnomura9 | 2008-12-30 16:50 | 話のネタ | Comments(0)
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