思考法や勉強法を問題にする時は、問題解決がうまくいかないときだ。解決しなくてはならない問題が目の前にあるがそれをうまく解決できない場合だ。
たとえば、器械が故障して動かないが、どう修理すればよいかわからないとき。期日までに習得しなければならない知識があるが、膨大でどう取りかかってよいかどうかも分からないとき。新製品を作らなければならないが、どうしても解決しなくてはならない技術的な問題がある時、等々。 これらを解決する方法を発見するには二つの方法しかない。他の人が考えた方法を探し出すか、自分で考えつくかだ。ただ、これらの方法にはコストがかかる、資金的な問題もそうだが、時間のコストが重要だ。 問題解決にはかならず、期限がある。いつか解決すればいいというのは問題解決でもなんでもない。したがって、問題解決でもっとも重要なのは時間あたりの生産性、効率だということになる。 上の二つの場合を考えたときに、効率という観点からいけば、圧倒的に既存の知識を利用するのが有利だ。スクラッチから作り上げる労力を考えたら実際に稼働しているシステムを利用する方がはるかに失敗が少ない。 ただし、それは既存の知識を簡単に見つけることができる場合だ。既存の知識を利用する場合目的の知識を検索し応用するために要する労力は無視できない。 したがって、思考力を考える際に、探し出す能力についての考慮は避けられない。
by tnomura9
| 2008-07-30 08:15
| 考えるということ
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