田坂広志著 『使える弁証法』 東洋経済新聞社 2005年 を読んだ。
著者は弁証法が「現実に使えない」高尚な理論ではなく、現実の世界の変化を読み取る、きわめて実践的な方法だと主張している。 著者は他の著書で日本市場や知識社会における変化を予測しそれが現実となったが、特別な調査や分析を使わず、弁証法という「哲学的思索」をつかったという。彼は、ドイツの哲学者ゲオルグ・ヘーゲルの「弁証法」が、現実の問題には使えない高尚な哲学ではなく「極めて実践的な方法だ」と強調している。そうして、弁証法の理論で主張されるさまざまな原則とそれに合致する実例を挙げて説明している。 弁証法の理論で主張される原理とは次のようなものだ。
それに、これらの法則の根底となる
である。 たとえば、「事物の螺旋的発展の法則」の例として、この本では「ネットオークション」があげられている。 昔の経済では市場でのこういうオークションの形態が普通だったが、産業の発展とともにこういった小規模の市場は消失し、取引が拡大するとともに、大企業による組織的な販売ルートに変わっていった。こういった資本主義の発展の必然として情報社会が出現してきたが、その情報社会に乗っかるかたちで、昔懐かしい市場の取引が再び出現したとする。このさい、昔の市場が再び同じ形で現れたわけではなく、情報社会の出現という進歩がおきているため、再出現でも進化した形の再出現になる。すなわち、元に戻っても進化している「螺旋的発展」ということになる。 経済のシステムの合理化が進んでゆき、それが極限にまで達したときに、廃れていたと思われていた昔のシステムが新たな形で合理的なものとして再出現してきたというところだろうか。 ハンバーガーの安値競争が極限までいったとき、売り上げの不振がおき、それにともなって高品質高利益率の商品が復活してきたというのもそれにあたるのかもしれない。 弁証法の理論家は世界の全ての変化発展の根底には必ず弁証法があると考えているように思えるが、はたしてそうだろうか。経済の仕組みや政治形態は意外にバリエーションが少なく、変化するといっても、女性のスカートの丈が長くなるか短くなるかくらいの選択肢しかないように思える。その場合は、経済の仕組みの一つが行き詰ったとき、以前の仕組みがうまくいったというのは必ずしも必然的なことではないのではないだろうか。 この本に上げられている例も、あとで弁証法的にうまく会うように解釈しただけだという見方もできるだろう。 ただ、弁証法の魅力は、合理化によって制度の変化がいやおうなく進んでいくが、それが極限まで進んでいくとその合理化ゆえに不合理なものになってしまうというところだろう。 今の政治家の2世、3世の議員にしても選挙戦に勝つという目的が合理化された結果だが、それによって、政治家としての能力の質を保つという目的にとっては不合理な事態になっているのではないだろうか。選挙制度には、個人の恣意的な支配を廃し、より有能な人間に政治を託すという目的があると思うが、その制度から発生した選挙戦に勝つという目的の合理化が行われた結果、本来の目的とはちがう結果が発生することになる。 なぜこういうことが起きてくるかというと、選挙制度は政治というシステムの部分システムだからだ。システムは個々の要素の相互作用の全体として大域的な行動が決まるが、この相互作用のために部分システムの最適化が全体のシステムの最適化にはならない場合があるのだ。これは、ゴールドブラットの『ザ・ゴール』という小説を読むと、工場の生産システムについても同じことが言えるのがわかる。 弁証法的な現れ方をするシステムは、このような複雑系の特殊な例なのではないかと思う。また、弁証法はあくまで定性的な理論なので、「量から質への変化」という表現もあるが、定量的な考察には不向きだ。 そうはいっても、システムという考え方すらなかった時代に、システムの非線形的な振る舞いに気づき、今の社会現象にも適用できるような大域的振る舞いのパターンを発見したヘーゲルの洞察力はすごい。
by tnomura9
| 2007-06-17 16:08
| 考えるということ
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