弁証法という言葉をはじめて聞いたのは中学生のときだった。
「ヘーゲルという一人で哲学を完成してしまった人がいて、そのあとはぺんぺん草も生えていないそうだ。その人が考え出したのが弁証法という難解な論理で、正から、反が生じ、その二つの対立の上に合が止揚されるのだ。」と言った内容だったと思う。その後もマルクス主義の唯物弁証法などの言葉は耳にしたが、結局弁証法とは何かが分からずじまいだった。 今日は、なぜかこの言葉が妙に気になって、ネット検索を半日するはめになったが、どうも分からない。 正、反、合の三段階についていろいろと説明してあるがよく分からない。何かがうまくいっていると、うまくいっているまさにそのためにうまくないことが発生して、それがだんだんひどくなって葛藤が起こり、もうだめだと思うまさにそのときに変化がおきて、全てがうまく行くようになるということなのだろうか。それだったら、どこにでもありそうなことだけれど、どこが論理なのだろうかと思った。 また、弁証法の適用の例として、主人と奴隷の話がでていた。「主人は奴隷をこき使って自由を謳歌しているけれど、奴隷は働かされるということによって労働を作り出しており、労働を作ることができるという点では自由だ。逆に主人は労働を奴隷に頼っていて、何も自分ではやれないから、実際は奴隷に従属しているのだ。」という理屈である。視点の転換が面白かったが、それでもやはりうまい汁を吸っているのは主人ではなかろうかと考えたりした。 しかし、それでもあきらめずに検索していたら、弁証法を知るのにもっとも重要なのはヘーゲルが著した「精神現象学」という本らしいということが分かった。そこで、「精神現象学」で検索をし始めて小一時間もしたとき、遂に目的の情報に到達した。 それが、『カルチャー・レヴュー』09号というページにある、佐野正晴氏の、「ヘーゲル『精神現象学』は〈超・娯楽読み物〉である」という記事だ。これによると、弁証法とは「ほめころしの技術」だということだ。「ああ、それは素晴らしいですね、そういうこともありますね」と散々誉めておいて、最後に「しかし、それがその考えの限界ですね」とばっさり切る方法なのだ。 これだったら、ソクラテスが使った方法と全く同じだ。弁証法の元祖はソクラテスだとは聞いていたのだが(ヘラクレイトスのことはこの際置いておいて)、ソクラテスの産婆術という「ほめころし」と、ヘーゲルの正反合の三段階とどういう共通点があるのだろうと疑問に思っていたのだが、この説明を読んで氷解した。 ただ、この「ほめころし」はただものではない。ヘーゲルは革命が理想とする絶対的な自由のまさにそのために、凄惨な大量殺人が発生することをこの本の中で推論し予測しているそうなのだ。現在の値下げ競争の挙句に、企業の存続自体が危なくなっている状況を見ると、この「ほめころしの」視点は途端に現代的な重要性を持っているのではないかと思えてくる。 なぜ、そういうことが起こってくるのだろうか。実は、どんなに相手を矛盾に追い込む「ほめころし」の技が優れていたとしても、使われているのは普通の推論だ。普通の推論をしているのに矛盾が生じるのは、「ほめころし」の対象に内在している矛盾のせいなのだ。 形式論理学でAと非Aが両立することはない。しかし、弁証法の対象は単純なカテゴリーではなくシステムなのだ。対象の中に複数の要素があり、それらが相互作用をしながら全体を形作っているようなシステムが弁証法の対象なのだ。したがって、システムの状態の変化によっては、矛盾するシステム行動が発生してもおかしくないのである。先ほどの主人と奴隷の例でも、奴隷制度の中に主人と奴隷という複数の要素があり、その要素間のシステム的な相互作用の全体が奴隷制度なのである。 医療や教育、行政などは、数多くの要因が複雑に相互作用している複雑系なのだ。したがって、これらの制度のほんの一部に手を入れるだけで、システム全体の行動が思いもよらない変動をきたすことは十分にあり得ることだ。システムの要素間の相互作用とその全体的な行動としての自己組織化やカオスについての考慮がなければ、突然のカタストロフィーを来たす可能性だって否定できない。安易に経済主義や、成果主義を導入するのは危険なのである。 現に進行しつつある医療、教育、行政の崩壊の流れを見るにつけても、どこかで、この「ほめころし」という弁証法的な視点による検討を行わないと、破滅的な状況が実現するまで止まらないのではないかと戦慄をおぼえる。
by tnomura9
| 2007-04-29 18:17
| 考えるということ
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