リストラ

リストラという言葉は聞くのも嫌な言葉だ。今までの努力で能力も社会的地位も確立したと思っていた中年のサラリーマンが突然退職を勧められたり、出向させられたり、降格されて現場の営業に回されたりする。家のローンは残っているし、子供たちも受験で金がかかる時期だ。経済的にも心理的にも辛いことだと思う。しかし、一番辛いのは会社から自分が要らない人間だと判断されたと感じなければならないことではないだろうか。この会社のためにいろいろと貢献してきた、この会社がここまで大きくなったことに対して自分もいささか貢献してきたつもりだ。それなのに、何故今になって会社からこのような仕打ちを受けなければならないのだろうかという思いである。

身につまされる話であるが、しかし、事実誤認があるような気がする。ひとつは会社を自分の家族か何かのように考えるところである。この会社は自分の会社だ、自分の家族だ、自分の家なんだという気持ちは大切なことで、この気持ちがあるからこそ社員が一丸となって苦難を乗り越えられるのである。年功序列制はこの家族意識を高めるのに重要な役割を果たしてきたのではないだろうか。年功序列制が実行可能だった時代はその家族意識を十分に支える機能があったと思う。しかし今の時代はそれを許さないほど競争が激しくなってきているのである。

家族関係ではその構成員の力よりも、その構成員がどの位置にいるかということが大切である。家長が優秀な人であればそれは幸せなことだが、そうでなくても、周りががんばって盛り立てることができる。しかし、家長以外の人が能力があっても家族内の序列が変わることはないのである。闘争は主に家の外に対して行われる。内部的なごたごたは序列の不変性によって解決されるのである。封建的であるがしかし内部の混乱によって家が機能しなくなって分解してしまうという危険を回避させてくれるのである。

今はいい意味の封建制が崩壊している時代なのである。会社を自分の家族とは考えられなくなっている。会社が自分を守り、自分がその会社に奉仕するという現代的な封建制が機能しなくなってきている。会社が自分の労働力を提供することによって報酬を得る場所というドライな契約関係に変化しつつあるのである。しかし、これは経営者も勤労者の忠誠を期待できない、勤労者も経営者の保護を期待できないという厳しい環境を作り出してしまう。今の時代に蔓延している何ともいえないイライラの原因である。

これからは自分が誰であるかよりも、自分は何ができるのかが問われる時代なのである。リストラは嫌なものであるが現実なのである。現実に不平を言うより現実に対応して自分を変化させなければならない。そのことの重要さは、山一證券の旧社員で再就職の決まった人と決まらなかった人との差をみれば歴然としている。しかし、この状態が続いていくと会社の求心力がなくなり、空中分解していく危険性があることを、経営者は肝に銘じておかなければならない。
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by tnomura9 | 2005-05-11 08:23 | 話のネタ | Comments(0)
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