昔、梅棹忠夫先生の『知的生産の技術』を読んで、京大式カードに熱中したことがある。持ち運び用のカードフォルダーや、A5版のファイリングキャビネットを買い込んだりして喜んでいたが、そのうちに使わなくなってしまった。
理由はふたつある。第一はノートをほとんどとらなかったこと。ノートをとるというのは時間がかかるし、体力もいる。急いでいるときは、参考書に線を引くくらいで間に合うことが多かった。 第2は、ノートをとったとしても死蔵してしまうこと。一度とったノートを再度読み返すことはほとんどなかったし、検索も面倒だった。カードの整理がこれまた時間食い虫で、なかなか取り掛かる気にならなかったのだ。 ところが、このところ面倒な参考書を読んでいるのだが、A5版のカードの使い勝手が意外にいいのに気がついた。参考書の内容が複雑なので内容の構成をマインドマップにしているのだが、A5版のカードの広さが手ごろなのだ。一目でマップの構成が見られるし、カードを見返しながらめくっていくのにも大きさが丁度いい。 カードといっても、A4版の使用済みコピーを半分に切って裏を使っているだけなのだが。一度書いたマインドマップを一枚、一枚とめくっていくと、ノートをとったときには分からなかった要点や、忘れていたことなどが分かって面白い。つくづく、ノートとは死蔵するものではなくて何回も見返すものなのだなと思った。 難点はかさばることだが、保存したければ、まだやっていないが、スキャナーでスキャンすればいいだろうし、パソコンに一画面でおさまるのではないだろうか。本の内容が頭の中に納まってしまえば使い捨てでもかまわないだろう。要は、カードは死蔵するのではなくて、適量を何度も見返すために使うのが便利な使い方だということだ。
by tnomura9
| 2006-12-23 19:10
| 考えるということ
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Comments(1)
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tnomura9 at 2007-01-12 21:24
いちごいちえさんトラックバックありがとうございました。古くて新しいものといったら「温故知新」という言葉なんか2000年たっても生き残っていますよね。「孫子」なども今読んでも、全く古さを感じさせないですね。諜報活動の重要性を説く一方で、間諜という仕事の辛さを思いやって家族には十分に報いてやらなければならないなどと書かれているところを読むと、孫武というひとが頭だけの戦略をもて遊んだ人ではなくて、人間的な度量のあった人なのではないかという気がします。古くても普遍的なものはいつまでも新しいですね。
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