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フォスファチジルイノシトール

リン脂質はグリセロールという3価のアルコールに、二つの脂肪酸と、リン酸化合物がくっついた形をしている。動物組織のフォスファチジルイノシトールの場合、グリセロールのsn-1の位置にステアリン酸、sn-2の位置にアラキドン酸、sn-3の位置にリン酸基を介してイノシトールがついている。リン酸は3価の酸なので余ったひとつの酸素は電離して負の極性を持っている。フォスファチジルイノシトールは脳の組織に特に多く、リン脂質の10%を占めるが、広く他の組織にも見られる。

親水性のリン酸化合物と疎水性の脂肪酸は反対の方向を向いているから、リン酸化合物の頭に脂肪酸の2本の足がくっついた尻尾の二つあるおたまじゃくしのような形をしている。この両親媒性のおかげで、リン脂質を水の中に入れると脂肪酸を内側に、極性基を外側に向けて、二重層の生体膜が自然に出来上がってしまう。今流行の自己組織化というやつだ。そうしてできた脂質の膜に、チャンネルや、レセプターなど、生体機能をもったたんぱく質が浮かんでいるのが、細胞膜の風景だ。

水に入れるだけで勝手に細胞膜が出来上がってしまうというのは、それだけでエキサイティングな現象だが、リン脂質の機能はそれだけにとどまらないことが最近分かってきている。

実は、膜のリン脂質は細胞の外側と内側で種類が違うのだ。フォスファチジルイノシトールは内側に多く、外側はスフィンゴミエリン、フォスファチジルコリンが多い。フォスファチジルイノシトールは内側を向いているので、細胞質の機能と関係が深い。

フォスファチジルイノシトールではイノシトールがリン酸基を介してグリセロールに結合しているが、イノシトールは炭素6個の環状構造をしており分子サイズが大きいので、細胞膜表面から突出して細胞膜のランドマーク的な働きをする。このランドマークにいろいろなたんぱく質がPHドメインを介して結合するため、フォスファチジルイノシトールはたんぱく質を膜に係留するアンカーのような働きをしているのだ。

たんぱく質を細胞膜に接着させる利点は3つある。ひとつは酵素反応の場を提供するということだ。たった一つの酵素だけは意味のある生化学反応が行われることはなく、多くの酵素による反応を経て、はじめて、生理学的に有意義な生化学反応がおこる。細胞膜に関連のたんぱく質を集合させることによってこのような反応が効率的に行われると考えられる。

第2は酵素が細胞膜の内側に接着することで、受容体を介して細胞外からの刺激を受けることができるということだ。シグナル伝達の最初の段階が細胞膜の直下で行われることは効率から言っても当然といえる。シグナル伝達系のシステムは複雑で必要以上にリン酸化のカスケードが並んでいるように思えるが、それは信号の増幅や調節に役立っている。

第3の利点は、フォスファチジルイノシトールそのものを分解することで、イノシトール3リン酸やジアシルグリセロールというセカンドメッセンジャーを作り出すことができるということだ。細胞膜そのものが原料となるので、セカンドメッセンジャーの作成は迅速に大量に行うことができる。

このように、フォスファチジルイノシトールは、たんぱく質を細胞膜に接着させるために重要な働きをしているが、それだけでなく、シグナル伝達に欠かせないことが分かってきた。フォスファチジルイノシトールがシグナル伝達に関係する様式は三つある。

ひとつはPLCによってPIP3がPI3とDAG(ジアシルグリセロール)という2つのセカンドメッセンジャーに分解されることによってシグナル伝達を促進するということである。PI3は小胞体のPI3受容体に結合することによって、多様な反応のセカンドメッセンジャーとなるカルシウムイオンを爆発的に放出させる。また、DAGはPKCを活性化させシグナル伝達を促進する。

もうひとつはPI3キナーゼを介する経路で、リガンドと結合した受容体で活性化されたPI3キナーゼによってPIP2(フォスファチジルイノシトール-4,5-2リン酸)がリン酸化されてPIP3(フォスファチジルイノシトール-3,4,5-3リン酸)になると、これがAktと結合してAktを活性化しがん細胞の増殖を促進する。また、PTEN蛋白はPI3キナーゼとは逆に、PIP3のリン酸基をひとつ取り去ってPIP2に変化させ、Aktが細胞膜に接着するのを防ぎ、癌の増殖を抑制する。

三つ目は、フォスフォリパーゼA2によってフォスファチジルイノシトールからアラキドン酸が遊離されると、それを元に、生理活性のあるプロスタグランディントロンボキサンロイコトリエンなどのエイコサノイドが作られる経路だ。

細胞のシグナル伝達すべてにフォスファチジルイノシトールが独占的に関与しているわけではないだろうが、シグナル伝達を理解するうえでPIP3が重要なターゲットであることは疑いない。
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by tnomura9 | 2006-11-16 08:04 | リンク | Comments(0)
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