褐鉄鉱

管理人が邪馬台国宮崎説について色々ネットを彷徨うようになったのは、「邪馬台国と製鉄」というサイトの記事を見てからだ。特に弥生時代に宮崎で製鉄が行われていたという主張に興味を持った。鉄器を持っていれば地理的には辺境にあるような宮崎でも倭国連合の盟主となれるのではないだろうかと思ったからだ。

しかし、調べてみるとそう簡単ではないようだ。

火山地帯の水に鉄分の多い地域では、葦などの沼に生える植物の根についた細菌が鉄分を沈殿させて、根の周りにスズという褐鉄鉱という鉄の鉄鉱石を作る。まさに宮崎平野だ。すずについては次のサイトの記事が分かりやすかった。

スズ・褐鉄鉱・高師小僧再論

褐鉄鋼は融点が400℃位なので、土器を焼く技術があれば鉄を取り出すことができる。ただ、残念なことにこうして作られた鉄は不純物が多くもろいので、鉄鏃はつくれるが、鉄の太刀を作ることはできない。褐鉄鉱からの製鉄は次のサイトに詳しい。なんと、縄文中期から製鉄が行われていたとのことだ。

縄文中期から、信濃では製鉄が行われていた

上の記事によると、鉄鏃の製法を知っていた縄文人も、青銅器の武器を使う弥生人に敗退していったとのことなので、製鉄によって強大な軍事力を得ることができたわけではないようだ。

したがって、宮崎平野が強大な鉄の軍事力を持っていたことが証明されるためには、砂鉄から精錬するたたら製鉄の証拠が出土しなければならないのではないだろうか。

宮崎平野が邪馬台国でそこでは製鉄が行われていたという魅力的な仮説に刺激されていろいろと調べてみたが、結局はわからなかった。宮崎県に住んでいるので宮崎平野が邪馬台国だったと考えるのは心躍るが、邪馬台国論争はやはり決定的な物証がない限り解決しないのだろう。これからの考古学の成果に期待したい。

というわけで、邪馬台国宮崎説に関する記事はこれで終わりにする。話のネタには充分なるのですごく得した気分だ。

おまけ

宮崎の古墳には人や動物の形の形象埴輪は少なく、圧倒的に円筒埴輪が多い。円筒形の筒の中ほどに丸い穴が開いているもので何に使われるのかよくわからないが、これが明治初期のキューポラ(鋳物炉)にそっくりだそうだ。古墳に鋳物炉の模型をならべたのであれば鉄の国日向といえるのかもしれないが、おそらくは違う用途なのだろう。

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by tnomura9 | 2017-05-07 18:45 | 話のネタ | Comments(0)
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