たたらの話

宮崎市に広い平野部と大きい川と温暖な気候があり農耕に適しているとはいえ、それだけでは邪馬台国が多くの国を従える強国になるのには力が不足するだろう。

強力な武力を支える技術革新がなければならないはずだ。すなわち、製鉄の技術だ。笠置山の周辺にはたたら製鉄に使われる溶鉱炉の破片である炉辺が無数に転がっているらしい。しかし、製鉄所の遺構が発掘されたとの話は聞かない。

それは、たたら製鉄では製造した鉄を取り出すときに、炉を壊してしまうからではないだろうかとおもった。製鉄のために築いた炉を毎回壊してしまうとはどのような方法なのだろうと不思議に思って調べてみたら、日立金属のホームページのきじに「たたらの話」というのがあり詳しく説明してあった。

たたらの話

また、日立金属のトップページのスペシャルコンテンツに「たたら吹きの話」という現代のたたら製鉄の動画があり分かりやすかった。

宮崎平野にあれほどの古墳があるにも関わらず、あまり考古学の表舞台に出てこなかったのは、その後の歴史であまり重要な役割を果たしていないようにみえるからだろう。古代史とその後の歴史の間に断絶があるようにみえる。

しかし神武東征の伝説があり、それに関する史跡も残っているので、古代において宮崎平野が重要な地位にあったことは確かだろう。それにも関わらず歴史の舞台から退場してしまったように見えるのはなぜだろうか。

たとえば、神武東征の伝説も不思議な話だ。肥沃な宮崎平野を抱え、鉄器も製造していたのにどうして東征しなければならなかったのだろうか。また、その後忽然として邪馬台国が消滅してしまったのは何故なのだろうか。それは、もしかすると火山の噴火が関係しているかもしれない。邪馬台国の社会インフラが火山の噴火と火山灰の降灰によって壊滅的な打撃を受けてしまったのではないだろうか。

古代史はいろいろと想像を膨らませることができるところが面白い。

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by tnomura9 | 2017-04-29 17:42 | 話のネタ | Comments(0)
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