5.含意を含むトートロジーは使い勝手がいい
トートロジーは原子命題の真偽にかかわらず常に真となる命題だ。しかしそれは A ∨ ¬A のような同語反復で全ての場合に真であるかもしれないが、それ自身が何かを語るというものでもない。どうして、論理学でこのようなトートロジーが重視されるのだろうか。 確かに、トートロジーはそれ単独で何かを語るというような命題ではない。それはヴィトゲンシュタインが「語りえぬものに対しては沈黙しなければならない」と述べた通りである。論理学の真理とは同語反復以外の何物でもない。 しかし、トートロジーの命題は三段論法による推論に使われた時にその真価を発揮する。三段論法(modus ponens) とは既知の定理から新しい定理を論証する時に使われる論法である。それは、A -> B という命題が真で、命題 A が真であれば、命題 B は真であるという主張だ。この A -> B という含意を含む命題にトートロジーが採用されれば、どのような場合でも命題 A が真ならば、命題 B は真である。さらに、命題 A がトートロジーであれば命題 B もトートロジーとなる。なぜなら、これらの命題に含まれる原子命題の真偽がどのようなものであろうとトートロジーの命題の真理値は常に真であるからである。 このことは、トートロジーからトートロジーを導出して得られる定理は、個々の原子命題の真偽によらず、常に真であることを意味している。個々の命題の真偽に依存しない純粋に論理固有の真理がトートロジーなのである。 三段論法と組み合わされたトートロジーの威力を見るために、一つ実例を挙げてみる。 ウカシェビッチの公理である次の命題はトートロジーだ。 A -> (B -> A) この命題の A や B にはどのような命題を当てはめてもトートロジーの常に真であるという性質は変わらない。A や B にどのような命題を当てはめても、それらの命題の真理値は T か F かのどちらかであるから。A と B が原子命題の場合と同じように真理値表を作ることができ、その結果はトートロジーとなる。 そこで B に (A -> A) という命題を当てはめてみる。この命題がどのような真理値をとるのかは明らかではないが、B にはどのような命題を当てはめても良いので (A -> A) でも構わないわけだ。 A -> ((A -> A) -> A) .... (1) 明らかにこの命題はトートロジーである。すなわちその中に含まれるどのような原子命題の真偽にかかわらず、この命題の真理値は常に真だ。 ウカシェビッチの公理にはもう一つ別の公理がある。そのトートロジーは、次のようになる。 (A -> (B -> C)) -> ((A -> B) -> (A -> C)) B, C にはどのような命題を当てはめても良いので B には (A -> A)、C には A を当てはめる。するとこの命題は次のようになる。 (A -> ((A -> A) -> A)) -> ((A -> (A -> A) -> (A -> A)) ... (2) ここで、トートロジー (2) の含意と トートロジー (1) とを比べてみると、(2) の含意の前項が (1) と同じ命題であることがわかる。(1) はトートロジーなので常に真である。従って、三段論法によって、(2) の後項は命題に含まれる原子命題の真偽よらず真である。すなわち、トートロジーである。 (A -> (A -> A)) -> (A -> A) さらにこの命題の前項は (A -> (B -> A)) の B に A を当てはめたものなのでこれもトートロジーである。従って、三段論法により次の命題はトートロジーとなる。 A -> A この含意の命題は命題 A の真偽によらず真になる。 古代ギリシアの哲学者たちは、現実世界のあり方にかかわらず真であるものこそが真理であると考え、それを追い求めた。トートロジーは原子命題の真偽によらず常に真なので、このような哲学者の追い求めた真理を現わしていると言えるかもしれない。しかし、現実世界から独立した論理的な真理は、もはや現実世界とは関わりがない。「語りえぬものに対しては、沈黙しないといけない」のである。 しかし、このようなトートロジーに含意が含まれている時、含意の前項に与えられる命題によって、多彩な理論が出現する。論理の世界に様々な理論の公理を導入することによって、多様な理論の体系が構築されることになる。論理の真理とは、このような現実世界を含む多様な理論に、論理的な骨組みを提供することがその役目なのである。
by tnomura9
| 2016-07-31 17:19
| 考えるということ
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