日本の鉄鋼業

PRESIDENTの7.18号の中にあった戦後の日本の鉄鋼産業に関する記事が面白かった。戦後アメリカは日本の工業力を大正4,5年のレベルに落とそうと思っていたが、東西冷戦のために日本を「反共防波堤」にするため、工業力、軍事力を高める政策に転換する。しかし、当時の識者たちは、日本は「農業と軽工業で行くべきだ」という意見だった。

「日本は敗戦で資金も技術力もない、国土が狭いので工場をつくる土地がない。鉄鉱石、重油などの資源もない、市場も狭く欧米に販売するには遠すぎて、輸送費が途方もなく高くなる。」


というのがその根拠だった。ところが、実際に鉄鋼業界が行ったのは、

官民一体で口には言えない接待を使ってまでも世界銀行から金を借りた。海浜を埋め立てて臨海に建設用地を作った。欧米の製鉄所は資源に近い内陸部にあったのに対し、臨海の工場は大型船を横付けして直接資源や製品の積み下ろしができた。海上輸送は陸上輸送に比べコストが100分の1なので、アメリカの東部から西海岸に輸送するよりも日本からの海上輸送のほうが安くあがった。帰りは、オーストラリアを経由して、鉄鉱石、石炭などの資源を積んで帰った。また、工場は最新の米国の技術を導入して最先端のものを作った。ただし、通常製鉄所の建設は、コークス炉ー高炉ー連続鍛造ー熱延ー冷延と最初の工程から順に作っていくのだが、日本は、逆に最終工程の冷延から建設した。そして半製品を購入して完成品にして販売し、設備投資の償却がかなり進んだところで、次の熱延に移る。そして、転炉、高炉に進むというやりかたで建設した。設備を遊ばせないので建設資金が3分の1以下になった。


なのである。これを読んだときは思わず拍手をしてしまった。自分にもこんな奇跡を行った人たちと同じ血が流れているとしたら、がんばらなくては。
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by tnomura9 | 2005-07-06 21:23 | 話のネタ | Comments(0)
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