ストップ!!ひばりくん!

江口寿史作 『ストップ!!ひばりくん!』 を読んだ。

きっかけは、iPod touch だ。電子書籍のリストを覗いていたら、『ストップ!!ひばりくん』という漫画のコンテンツがあった。昔、少年漫画に連載されていて美少女のヒロインが実は男だったという位の記憶はあった。読んだ記憶はなかったが、ダウンロードしたのは、何かの表紙で見たそのヒロインのファッションのハンパじゃない可愛さを覚えていたからだ。

電子書籍の第1巻を読むと、すっかり虜になってしまった。電子書籍は、発売している巻は全て購入し、さらには、最近発売された全3巻のマンガ本まで購入する始末だ。50過ぎの男が、ラブコメ漫画それも、男と男の恋愛を扱かったものに夢中になるのはちょっと恥ずかしい気がしたので、少し言い訳をしてみたい。

熊本で両親を失った高校一年生の主人公耕作が、母の知り合いの東京の家に居候することになるのだが、そこはなんとやくざの親分の家だったという設定だ。しかし、その親分には、4人の美人姉妹の娘がおり、その中でもとびきり美人の3女に耕作は一目惚れをするが、その3女のひばりは実は男だった。このひばりくんが耕作を気に入ったのか、猛烈にアタックをかけてくる。外見も中身も完璧な美少女のヒロインに惹かれながらも、男と男の恋愛になってしまうことに抵抗を感じる耕作は、ひばりの小悪魔的な行動に振り回されて散々な目にあう。この二人の主人公を軸に織り成される学園生活がこの漫画のテーマだ。

当時少年雑誌に出現し始めたラブコメをパロディ化する目的で作られた設定だが、ひばりという卓越したキャラクターが逆にスタンダードなラブコメディに変えてしまった。

ひばりは、抜群の美人で、おしゃれで、頭が良くて、スポーツ万能で、喧嘩が強く、人情家で、きっぷが良くて、色っぽくて、小悪魔的な発想もできて、そのうえ耕作一途だ。これだけのスーパーヒロインに言い寄られて落ちない男はないだろうが、ただひとつの欠点はひばりが男であるということだ。お互いにひかれあいながら、どうしても超えられない溝に翻弄される禁断の恋は、ロミオとジュリエットに見られるように恋愛劇の古典的な構図を作り出す。

一方の耕作は、普通の男だ。純朴で、真っ直で、ひばりが男であるということが学校でバレないように必死にひばりをかばいながら、酔っ払うとほろりと秘密をもらしそうになったりする。また、ひばりにふさわしい男性になりたいとボクシングを始めたり、ボクシングクラブのマネージャに心を引かれて、ひばりを怒らせたりする。

この漫画がヒロインが男だったという設定にも関わらず、ある種切ないラブストーリーになっているのは、その設定が、互いに惹かれ合う二人を絶対的に分かつ淵のような働きをするからだ。

この漫画の前半の部分は傑作だと思う。たとえば、耕作がヤクザの家に連れ込まれて、その広い座敷にひとり残され不安な気持ちで待っていると、縁側の障子がすっと開いて、美少女が立っている。その少女は耕作をみてふっと微笑したかと思うとそのままいなくなる。ひばりと耕作との運命的な出会いが、さり気なく描かれ、音楽でも聞いているような気分になる。

また、耕作がボクシング部のマネージャに好意を持ったとき、ひばりがマネージャのことを耕作が好きなのかと聞くと、ひばりが男だと思っている耕作は、素直にそうだと答える。それに抵抗しようとしたひばりが耕作に部屋から追い出され「ぼくというものがありながら」とつぶやくところも胸が痛む場面だ。

ひばりが男であるという設定は、その他にも、ひばりとボクシング部のマネージャが一緒に風呂に入ったということを知った耕作が慌てて風呂場に乗り込むというようなシチュエーションにもうまく利用されている。しかし、設定の本質的な無理から、ひばりと耕作の関係が深まれば深まるほど落とし所がなくなってしまう。著者は必然的に連載放棄に至らざるを得なかったのではないだろうか。

前半の、緊密な構成に比べて、漫画の後半はだんだん取止めがなくなっていく。作者は混乱し漫画の中に登場しはじめ、白いワニの幻覚に悩まされるようになる。これはこれで面白いのだが、ひばりくんの話としては、全3巻の1巻だけで十分だ。

同性の間の危険な恋を扱ったラブコメには、韓国のテレビドラマの『コーヒープリンス』がある。この場合は、イケメンの男だけを集めた喫茶店をつくるというオーナーのもとに、自分が女である事を隠したヒロインが就職するが、このオーナーがそのヒロインに好意をもって、少年を好きになってしまったと悩み、ヒロインはヒロインで自分が女である事がわかったら、このオーナーの元にはいられなくなるという心配で口にできず、この二人の恋愛のドタバタ劇が主題になっている。

このドラマでは、ヒロインが本当は女性であったことがわかり、メデタシメデタシとなるのだが、『ストップ!!ひばりくん!』の場合も最終的にはひばりくんが本当は女だったということにならないと落ち着かないのではなかったのだろうか。しかし、それは、逆にこの漫画の緊張感を損なうことにもつながり、結局はこの漫画は永遠に未完である必然性があるのかもしれない。
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by tnomura9 | 2010-03-13 08:02 | 話のネタ | Comments(3)
Commented by ademak at 2010-07-08 20:42 x
tnomura9様
とても共感する内容でしたのでぜひ私のブログから引用させていただければと思います。お願いいたします。
Commented by tnomura9 at 2010-07-09 07:01
ademakさん、コメントありがとうございました。
どうぞ、御引用ください。記事を気に入っていただいてありがとうございます。ちょっと危ない設定にもかかわらず、ひばりくんは結構人気があったような記憶があります。ひばりくんの髪型が一般的に見られていた物とは違っていて格好良かったのを覚えています。
Commented by ademak at 2010-07-09 12:49 x
ありがとうございます。私は当時小学校中学年くらいだったのですが、隠れて古本屋でかって読んでた記憶があります。内容は過激なわけではなかったのですが、何か後ろめたい感じがあったんですよね~
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