人気ブログランキング | 話題のタグを見る

『哲学の道具箱』

宝物を見つけてしまった。『哲学の道具箱』ジュリアン・バッジーニ (著), ピーター・フォスル (著), 廣瀬 覚 (翻訳), 長滝 祥司 (翻訳) と言う本だ。演繹法や、帰納法など哲学で使われる基本的な思考の道具を簡潔に説明した百科事典のようなものだ。

演繹法だとか、帰納法だとか、オッカムの剃刀だとか、考えるということに興味のある人は頻繁に使っている言葉だが、意外にきちんとした定義を知らない。この本ではこれらの哲学の基本的な概念を正確にかつ平易に解説してある。

正確にというのは、この本の原著者が哲学の専門家だからだ。学問的にもきちんとした説明がされている。著者の教養の背景が感じられるような簡潔で適切な記述になっている。

平易にと言うのは、著者のひとりジュリアン・バッジーニがジャーナリストであるためで、説明の冒頭に必ず具体的でわかりやすい例が挙げてある。たとえば「タイプとトークン」という記事の冒頭は次のような文章からはじまる。

 僕が君とおなじ車に乗っていると知っても、君はそんなに気にしないでしょう。でもぼくのフィアンセが君のフィアンセとおなじだと知ったら、平気ではいられないはずです。

この例では「同じ」という言葉の意味にタイプが同じという意味と、トークンが同じという意味の二つがあることを示している。タイプは車種のプリウスのように車の種類という抽象的な概念を表している。トークンはそれに含まれる実際の車だ。したがって君と僕がプリウスという同じ車種の別々の車に乗っていても問題はないが、フィアンセの場合はトークンが同じということになるので問題になる。

抽象的な概念を理解する一番よい方法は、その概念が含まれる実例の中にその概念の構造を発見することだが、このようにわかりやすくかつ興味を引くような実例がふんだんに出てくる。

また、翻訳が素晴らしい。ひとつも翻訳臭くない。

この本は子供のころに持っていた宝箱のようなものだ。ぱらぱらと適当なページを開けては、簡潔にまとめられた思考の道具の解説を読んだり、巧妙な実例を楽しんだりして、そうだったのかと納得して喜んでいる。

世に思考法の本は数多あるが、偏っていたり曖昧だったりすることが多い。この宝石箱のような本はなくならないうちに早く手に入れておいたほうがいい。
by tnomura9 | 2009-10-22 06:41 | 考えるということ | Comments(0)
<< 多能工ロボット 直感と論理 >>