府立登美丘高校ダンス部

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# by tnomura9 | 2017-09-22 13:02 | ボーカロイド | Comments(0)

命題関数 A(x) 七変化

命題関数は関数だ、関数だから定義域と値域があるはずだが参考書やネットの解説を読んでも一定していない。定義域は対象の集合である領域 D であるというのは変わりないが、値域がある説明では命題であるとされていたり、ある説明では真理値 {T, F} であるとされている。また、教科書によっては命題関数という用語すらないものもある。

そこで、命題関数を定義するのはあきらめて、なんとなく述語と対象のペアで表現される何かと考えることにした。それというのも、命題関数を表現する A(x) には実に多様な意味づけができるからだ。

1)単純に考えると A(x) とは述語 A と領域 D の対象のどれかとペアでできた命題だ。また、その命題の真理値 {T, F} を表している。

2)A(x) はその変数 x を対象 a, b, c, ... に置き換えて A(a) とすると命題を作ることができるから、A(x) は述語そのものと考えることができる。

3)A(x) は特別な命題を表しているわけではなく x にどの対象を当てはめるかによって真理値 {T, F} が変る。すなわち、A(x) は真理値が T でも F でもあるようなある命題を表している。これは命題論理の命題変数の性質と同じだ。つまり、A(x) は命題変数と考えることができる。したがって、命題変数 A(x) と B(y) から次のような真理表を作ることができる。

A(x) | B(y) | A(x) -> B(y)
T | T | T
T | F | F
F | T | T
F | F | T

A と B で変数を x と y のように別の変数を使ったのは一般性を保つためだ。A(x) と B(x) では述語は異なるが対象が同じ命題になる。

4)A(x) を命題変数と考えると A(x) -> B(x) のような複合命題を作ることができる。対象 x は述語 A と B で共通である必要はなく、A(x) -> B(y) のような複合命題も考えることができる。

5)A(x) を述語と考えると、C(x) = A(x) -> B(x) のように新しい述語を考えることができる。このように新しい述語をつくるためには A, B, C の対象変数は同じ x である必要がある。A(x) -> B(y) のように変数が異なっている場合の述語も考えることができるが、この場合 C(x,y) = A(x) -> B(y) となり、述語 C は2変数(アリティ)の述語となる。

6)A(x) を A(x) が真になる複数の命題を表していると考えることもできる。この場合 A(x) は述語 A を満たす命題の集合を表していると考えられる。この場合 A(x) ∩ B(x) というような表記もできる。

7)上の例では A(x) を A(x) が真である複数の命題を表しているとしたが、A(x) を真とするような領域 D の対象の集合と考えることもできる。この場合は A(x) は述語 A の真理集合になる。A(x) は述語でもあったので述語 A(x) と真理集合 A(x) を同一視できる。つまり、述語の種類がどんなに多くても、その真理集合は領域 D の冪集合に収まっている。また、論理結合子の演算は領域 D の冪集合について閉じている。このことは、一階述語論理の上の理論は、領域 D の冪集合について閉じていることを示している。そのことが、一階述語論理の汎用性の本質である。

A(x) の意味付けがちょうど7つになったので記事を終わるが、他にもいろいろな意味付けがあるかもしれない。命題関数 A(x) の意味合いの多様さと自由さは述語論理の魅力の一つだ。

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# by tnomura9 | 2017-09-21 00:48 | ラッセルのパラドックス | Comments(0)

命題関数とは何か

領域 D の対象 a, b, c, ... に対し述語 A, B, C, ... が定義されているとき、命題は対象と命題のペア A(a) で表すことができる。一階述語論理の命題は基本的にはこのペアで表現された A(a) のみだ。A(a) には真理値がありそれは T か F のどちらかだ。これは命題論理の命題の定義とも一致する。したがって、一階述語論理の真理値表を作るときは次のように命題 A(a), B(e) などについて作成されなければならない。

A(a) | B(e) | A(a) -> B(e)
T | T | T
T | F | F
F | T | F
F | F | T

この命題の表現 A(a) の対象の部分を変数 x にしたもの A(x) は命題関数と呼ばれ、対象を引数にとり真理値を値とする関数と紹介されているが、はたしてそうだろうか。A(x) の値がそのような関数であれば、A(x) は命題とは言えず、次のような真理表も作成できないはずだ。

A(x) | B(x) | A(x) -> B(x)
T | T | T
T | F | F
F | T | T
F | F | F

確かに A(x) は変数の x にどの対象を当てはめるかによって T または F の真理値をとるので、一種の命題と言えないこともない。しかし、A(a) 型の命題では T と F のどの真理値を持つかは決定しているが A(x) の真理値は T とも F とも言うことはできないのでこれを命題ということはできないのではないだろうか。

したがって、命題関数の値は真理値ではなく命題だと考えるべきだ。命題関数 A(x) は引数に領域 D の対象を取り、値が A(a) のような命題である関数なのだ。命題 A(a) は真理値をとるので、命題関数の値が真理値ともいうことができるかもしれないが、A(x) の値はあくまでも命題と考えたほうが取扱いに整合性ができてくる。

たとえば上のような真理値表は、命題関数 A(x) の値が命題であれば、対象 x が共通な命題の間の真理値表とみることができる。ところが、命題関数の値が命題であるという考え方からは、この真理値表は対象が共通でない命題どうしの間でも作成でき、それは次のようになる。

A(x) | B(y) | A(x) -> B(y)
T | T | T
T | F | F
F | T | T
F | F | T

あきらかに、この真理表と対象 x が共通な命題どうしの真理表の意味合いは違う。これは、命題関数の値が命題であると考えることで区別することができるが、命題関数の値が真理値であると考えるとその差異が曖昧になってしまう。命題関数の値は真理値ではなく命題であると考えることで議論に整合性が出てくるのだ。

しかし、命題関数 A(x) の値が真理値であると考える考え方は便利な点がある。つまり、命題関数を真にする対象の集合を A(x) = T で表すことができることだ。A(x) が命題であるとこのような芸当はできない。しかし、このような問題も命題を引数としその命題の真理値を値とするような関数 V(x) を考えると V(A(x)) = T で同様のことができる。むしろ、この方が意味合いの紛れがない。やはり、A(x) の値は命題だと考えたほうが良いと思う。

命題関数の値が命題であると考えることで、全称命題のような量化命題の意味も変わってくる。命題関数 A(x) の値が命題であるという立場からは、∀x.A(x) というのは述語 A と領域 D の対象とのペアで作られた命題の真理値が全て T であることを意味している。このとき、∃y.A(y) は述語が A である命題のうち真理値が T であるもののいくつかを表しているから、自然に、

∀x.A(x) -> ∃y.A(y)

という関係が理解できる。

命題関数の意味合いにはこの他にもいろいろな物がある。たとえば A(x) を述語 A とのペアで真理値が T となる領域 D の対象の集合と考える考え方だ。この考え方には述語 A を満たす領域 D の部分集合である真理集合 A* を考えることができるので便利だ。これを A(x) の値が命題であるという考え方で説明しょうとすると少々面倒な操作が必要になる。したがって、実際には命題関数の意味は TPO によって使い分けたほうが便利だ。しかし、それらの意味付けが干渉しあって混乱したときは、A(x) の値が命題であるという立場に戻ることによってそれらを整理することができる。

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# by tnomura9 | 2017-09-20 06:22 | ラッセルのパラドックス | Comments(0)

量化命題の脱カプセル化

全称命題 ∀x.A(x) はそのままでは量化子にカプセル化された命題 A(x) を利用できない。そのため、∀x.(A(x) -> B(x)), A(a) という仮定があってもそのままでは演繹ができない。A(x) -> B(x) を何らかの手段で取り出す必要がある。

全称命題 ∀x.A(x) の真理値が T のときは、領域 D の全ての x について A(x) が T であるから A(x) はトートロジーである。一階述語論理の完全性定理から同時に定理でもある。従って、∀x.A(x) が仮定あるいは定理のとき、カプセルの中身の A(x) も定理である。すなわち、次の証明が可能だ。

|- ∀x.A(x)
|- A(x)

A(x) が定理であれば対象変数 x にどのような対象をとっても、命題 A(a) は真である。これを利用すると、∀x.(A(x) -> B(x)) と A(a) という仮定からつぎのように B(a) を証明することができる。

|- ∀x.(A(x) -> B(x))
|- A(a)
|- A(x) -> B(x)
|- A(a) -> B(a)
|- B(a)

それでは存在命題 ∃x.A(x) の場合はどうだろうか。これは A(x) の真理値を T とするような領域 D の対象が少なくとも1つ存在していることを示している。つまり、∃x.A(x) が定理のとき A(a) も定理となる。この場合 a は領域 D の特定の要素である。

|- ∃x.A(x)
|- A(a)

このとき

|- ∀x.~A(x) (仮定)
|- ~A(x)
|- ~A(a)
|- A(a) と ~ A(a) が同時に証明可能なので矛盾する

ゆえに

|- ~∀x.~A(x)
|- ∃x.A(x) -> ~∀x.~A(x)

このように、全称命題と存在命題は一階述語論理の次の2つのルールで脱カプセル化できる。

∀x.A(x) -> A(x) ...... 全称特例化 ( universal instantiation )
∃x.A(x) -> A(a) ...... 存在特例化 ( existential instantiation )

逆もできる

A(x) (が定理ならば) -> ∀x.A(x) ...... 全称一般化 ( universal generalization )
A(a) -> ∃x.A(x) ...... 存在一般化 ( existential generalization )

量化命題の脱カプセル化という視点を持つことで、一階述語論理の議論を命題論理の問題として考えることができる。

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# by tnomura9 | 2017-09-19 00:27 | ラッセルのパラドックス | Comments(0)

全称命題はメタ命題

領域 D の対象が a, b, c, ... で命題が A, B, C, ... のとき命題は対象と述語のペア A(a) で表される。対象を変数 x で表した A(x) は命題関数だが x に置き換える対象が変われば真理値が変るので、命題論理の命題変数とみなす事ができる。A(x) が T になる対象を集めた集合 A* は述語 A の真理集合だ。

A(x) ∧ B(x) のような命題変数を論理結合子で結合した論理式の真理集合は A* ∩ B* のように真理集合の集合演算となる。また、真理集合の集合演算の値は領域 D の部分集合だ。つまり、領域 D の命題に関する論理的な操作は領域 D の冪集合の集合演算として全て表現することができる。命題 A(x) と真理集合 A* を同一視すれば、領域 D の論理的な操作は、領域 D の冪集合の集合演算として捉えることができる。

非常に分かりやすいモデルだが、全称命題 ∀x.A(x) はこの枠組にはいらない。∀x.A(x) は確かに真理値を持つので命題ではあるが、その真理値は A(x) がトートロジーのとき T となり、そうでないとき F となる、命題の性質を表すメタ命題であるからだ。

例えば A(x) -> B(x) の真理表は次のようになる。

A(x) | B(x) | A(x) -> B(x)
T | T | T
T | F | F
F | T | T
F | F | T

この真理表では A(x) -> B(x) はトートロジーではないので ∀x.(A(x) -> B(x)) の真理値は F だ。一方 A(x) の真理集合 A* と B(x) の真理集合 B* の間に A* ⊂ B* という包含関係があるときは、x ∈ A* ならば x ∈ B* なので A(x) が T なら B(x) が F となることはないので真理表は次のようになる。

A(x) | B(x) | A(x) -> B(x)
T | T | T
F | T | T
F | F | T

この場合 A(x) -> B(x) はトートロジーになるので ∀x.(A(x) -> B(x)) の真理値は T だ。もちろんこれも真理値をとる命題なので A(x) ∧ ∀x.(A(x) -> B(x)) のように論理結合子で結合することができる。しかし、この論理式から直接にB(x) を演繹することはできない。演繹は ∀x.(A(x) -> B(x)) が真のとき A(x) -> B(x) がトートロジーであることを利用するので真理表は次のようになる。

A(x) | ∀x.(A(x) -> B(x)) | A(x) -> B(x) | B(x)
T | T | T | T
T | F | * | *
F | T | T | *
F | F | * | *

つまり、A(x) と ∀x.(A(x) -> B(x)) が共に T のときは B(x) も T で、それ以外では B(x) の真理値は不定だ。従って「ソクラテスが哲学者ならソクラテスは人間であるという推論は次のようになる。

|- ∀x.(A(x) -> B(x))
|- A(x) -> B(x)
|- A(a) -> B(a)
|- A(a)
|- B(a)

∀x.P(x) ならば P(x) を推論規則とすると、A(x) -> B(x) は定理である。A(x) -> B(x) は定理なので A(a) -> B(a) も定理である。A(a) は仮定であるので、modus ponens の推論規則から B(a) は定理である。

全称命題の中の論理式を使う推論はそのままでは論理演算は利用できない。そのため、全称命題がメタ命題であることを意識して、中の論理式がトートロジーであることを利用して推論を行わないといけない。

全称命題がメタ命題であることをはっきりと意識すると、命題論理の推論の見通しが良くなるのではないだろうか。


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# by tnomura9 | 2017-09-18 09:24 | ラッセルのパラドックス | Comments(0)

LQ 公理系の推論規則がなんか変

LQ 公理系の推論規則に C -> A ならば C -> ∀x.A というのがあるが、なんとなく納得できなかった。C -> A がトートロジーであっても C が F であれば A は T の値も F の値もとれるので、∀x.A すなわち A はいつも T とは言えない。そこで次のように真理表を作ってみた。

C | A | ∀x.A | C -> A | C -> ∀x.A | (C -> A) -> (C -> Ax.A)
T | T | F | T | F | F
T | F | F | F | F | T
F | T | F | T | T | T
F | F | F | T | T | T

この真理表は領域 D について A の真理値が T の場合も F の場合もある時のものだ。この場合当然 ∀x.A の真理値は F だ。しかし C -> A が定理だとすると、この場合 C -> A が F となることはありえないので、真理表は次のようにならないといけない。

C | A | ∀x.A | C -> A | C -> ∀x.A | (C -> A) -> (C -> ∀x.A)
T | T | F | T | F | F
F | T | F | T | T | T
F | F | F | T | T | T

しかし、この場合でも C と A が共に T の場合 (C -> A) -> (C -> ∀x.A) の真理値は F になってしまう。つまり、どう考えても (C -> A) -> (C -> ∀x.A) はトートロジーにはならないのだ。実際、対象 a について C(a) と A(a) の真理値が共に T であっても、領域 D 全体を見たとき、A(b) が F になるような対象 b があったときは ∀x.A の真理値は F である。もっとも、NQ の自然演繹では、

A ならば ∀x.A

であるがこれは納得できる。A が常に T であれば当然領域 D の全ての対象 x について A の真理値は T である。したがって A が常に真なら ∀x.A の真理値は T だ。しかし、これと (C -> A) -> (C -> ∀x.A) とでは話が違う。どうしてもこのような推論をしたいのなら、C, C -> A ならば C -> ∀x.A ではないのだろうか。しかし、それであれば推論規則は NQ のように、

A ならば ∀x.A

とすべきなのではないだろうか。

全称命題の真理表については以前の記事に書いたが、量化子のつく命題の真理値のパターンによって真理値を真理表上に決めることができる。ただ、その命題の真理値の現れ方にしたがって、T も F もあらわれる場合、T のみの場合、F のみの場合と3つの真理表をつくらなければならない。このように3つの真理表を作った場合でも、2つの命題の真理値がどの真理表の場合も一致すればそれらは同値ということができる。例として ∀x.A と ~∃x.~A が同値であることを次に示す。

A | ~A | ∀x.A | ~∃x.~A
T | F | F | F
F | T | F | F

A | ~A | ∀x.A | ~∃x.~A
T | F | T | T

A | ~A | ∀x.A | ~∃x.~A
F | T | F | F

C -> A ならば C -> ∀x.A という推論規則を適用した証明では C も定理の場合は問題ないのだろうが、やっぱりなんか変。


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# by tnomura9 | 2017-09-18 02:03 | ラッセルのパラドックス | Comments(0)

わかりやすい命題論理の完全性定理

A -> B のような論理式の真偽は要素命題 A, B に真理値を割り当てることによって真偽が判別できる。そのなかでも A -> (B -> A) のような論理式は、A, Bにどんな真理値を割り当てても常に真になり、トートロジーと呼ばれる。

ある論理式がトートロジーであるかどうかを見極めるには、要素命題に起こり得る真理値をすべて割り当てた時の論理式の真理値を確かめなければならない。その操作をシステム的に行うのが真理表だ。A -> (B -> C) のような命題がトートロジーであるかどうかは、真理表をつくることによってその意味を確認しなければならないから、これは論理式に対する意味論的なアプローチだ。

一方、論理式についての分析は要素命題に真理値をわりあてる方法とは別に、公理と推論規則によって演繹した論理式が定理になるという方法がある。これは要素命題や命題結合子を文法規則によって並べた論理式について、公理と推論規則によって演繹できるものを定理として特別視する。つまり、論理式は命題論理の文法規則に従っていれば自由に作ることができるが、それらの中でも定理と呼ばれるものは公理と演繹規則というルールをもとに演繹されたものでないといけない。

この方法では、要素命題 A, B の真偽は問わない。演繹規則によって演繹された論理式を次々に作っていき、それによって目的の論理式を作り出すことができれば、それは定理となる。論理式が定理であるかどうかを文法と演繹規則によってのみ判別するので、この方法は論理式に対する構文論的なアプローチだ。

命題論理の完全性定理では、これらの論理式の意味論的なトートロジーと構文論的な定理が同値であることを主張している。つまりある論理式がトートロジーであればそれは定理であり、それが定理であればトートロジーであると主張する。これは、トートロジーの定義と公理系の定理の定義が質的に異なっているため必ずしも自明ではない。

ところで、命題論理の完全性定理とプログラミングには関連性がある。コンピュータのプログラミングではアプリケーションのプログラムを作ったとしてもそれを実行ファイルにコンパイルしないと動かない。つまり、コンピュータのプログラムは命題論理の論理式にあたり、実行ファイルは命題論理の真理値表の真理値にあたる。コンピュータのプログラムについても、プログラムの統語論的なアプローチと、その実行ファイルとしての意味論的なアプローチが必要になる。

一般的に、プログラミングで作成したプログラムがきちんと動作するかどうかはそれを実行してデバッグしなくては分からない。プログラムでは動くと思っていたのに、実際にはそのプログラムが実は無限ループであったり、不正なメモリのアクセスを行ってしまっていてエラーになってしまうということがよくあるからだ。デバッグの際には起こり得る様々な可能性を考えてテストしないと、プログラムを運用するために思っても見なかったエラーが発生してしまう事がある。これはプログラムに対する意味論的なアプローチである。

他方でプログラムは実行ファイルを作成する前にプログラム言語の文法に従ってテキストファイルとして作成される。プログラムが完成しても、それはコンパイルされない限り実行できないのでただの文字列である。この意味でプログラムのソースの作成はプログラムについての統語論的なアプローチだ。

コンピュータのプログラムではこのようにプログラムのソースが適正であっても、コンパイルした実行ファイルがきちんと動くとは限らない。きちんと動くかどうかは実行ファイルをテストしてバグがないかどうかを調べなくてはならない。コンピュータのプログラムではプログラムの統語論的な意味と、実行ファイルの意味論的な意味が厳密は対応していない場合があるからだ。また、実行ファイルのデバッグは、ソースファイルの作成以上に労力がかかる事が多い。起こりえる全ての可能性についてテストしないとエラーが起きないと断定できないからだ。ソースファイルを作成した時点で、そのソースが意味論的にもエラーを含まなければ、プログラムの作成の労力の殆どがソースファイルの作成で住んでしまうので効率的だ。

命題論理では論理式についての意味論的なアプローチと統語論的なアプローチが同値であることを証明している。コンピュータのプログラムで言えば、ソースプログラムが適正なら、それは必ず実行時にエラーを起こさないことを意味している。

それでは命題論理において、意味論的なアプローチと統語論的なアプローチが同値であることはどのようにしてわかるのだろうか。それを証明するのが命題論理の完全性定理だ。

先ず、論理式への統語論的なアプローチで定理とされた論理式が全てトートロジーであるのは理解しやすい。公理系の公理は全てトートロジーであるので、公理の命題の要素命題をどのような論理式で置き換えても、定理がトートロジーであることに変わりはない。また、2つの定理に推論規則 modes ponens を適用して得られる論理式もトートロジーになる。たとえば、A -> B がトートロジーで A がトートロジーのとき、B の真理値は必ず真になるのでトートロジーになる。

反対にトートロジーであるとわかっている論理式が公理系で演繹された定理であるということは簡単には言えない。論理式がトートロジーであるということが分かっていても、それが公理と推論規則で演繹された定理であるということをいうのは難しいからだ。命題論理の証明で躓くのはこのトートロジーならば定理であるという部分の証明だ。

この記事の範囲でこの証明を全て紹介するのは難しい、詳細はやはり参考書を読んで理解する必要がある。しかし、この記事では、この意味論的なアプローチが統語論的なアプローチでも定理であるという証明のアイディアの概観を述べてみたい。何をやっているかという意図が分かって証明を読むのと、それがわからずに手探りで理解していくのは随分と効率が違うからだ。

まず、適当に選んだ論理式の真理表からそれに関連する命題論理の証明があることが保証されていることを示す。論理式の例としては A -> B を用いる。最初に A -> B の真理表を作る。

A | B | A -> B
T | T | T
T | F | F
F | T | T
F | F | T

これを作るのは簡単だ。そこで、これを LP 系の証明に変換することを考えてみる。それは次のようになる。

A, B |- A -> B
A, ~B |- ~(A -> B)
~A, B |- A -> B
~A, ~B |- A -> B

この4つの証明の作り方は簡単だ、上の真理表で要素命題 A の真理値が T のときは仮定を A とし、偽のときは ~A を仮定にとる。要素命題 B についても同様だ。また、論理式 A -> B についてもそれが真のときは A -> B とし、偽のときは ~(A -> B) とする。要するに真理表を公理系の証明に置き換えただけだ。うれしいことに、こうして作った証明は全て LP 公理系で証明可能であることが証明されている。再帰的に証明された証明の詳細については参考書を参照して欲しい。要は論理式の真理表から逐語的に公理系の証明に置き換えることができるということだ。

この証明では要素命題 A, B の真理値については考慮されていない。公理系による証明では記号の配列のみが問題にされるので、たとえ A, B |- A -> B の仮定 A の真理値が偽であってもこの証明は正当なものである。

そこで、トートロジー A -> (B -> A) についてこのような証明を作成してみる。

A, B |- A -> (B -> A)
A, ~B |- A -> (B -> A)
~A, B |- A -> (B -> A)
A, B |- A -> (B -> A)

A -> (B -> A) はトートロジーなので仮定が A, ~A, B, ~ B のどれであってもおなじ論理式 A -> (B -> A) の証明が存在する。

ここで、演繹定理を用いて仮定 B または ~B を |- の右に移してみる。

A |- B -> (A -> (B -> A))
A |- ~B -> (A -> (B -> A))
~A |- B -> (A -> (B -> A))
~A |- ~B -> (A -> (B -> A))

この4つの証明は全て正当な証明だから、命題論理の定理 (A -> B) -> ((~A -> B) -> B)) を適用すると、

A |- A -> (B -> A)
~A |- A -> (B -> A)

と仮定の B が抜けてしまう。これにさらに演繹定理と上の定理を適用すると、

|- A -> (B -> A)

となり A -> (B -> A) が仮定のない定理であることが証明される。すなわち、トートロジー A -> (B -> A) は LP 公理系で証明可能な定理である事がわかる。また、A -> (B -> A) 以外のどのようなトートロジーについても同様な証明で LP 公理系で証明可能な定理であることを証明することができる。

数学の証明は一般的に記述するため、アイディアの骨子が見えにくいことが多い。参考書の分かりにくい完全性定理についての証明も上のようなイメージで読み解いていくと理解しやすい。

命題論理では統語論的に作成された論理式はすべてトートロジーである。Haskell の場合も文法チェックをパスしたプログラムは原則的にはすべて実行可能だ。このように統語論と意味論が同値な言語はデバッグの時間を短縮し、プログラムの生産性を飛躍的に上げることができる。

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# by tnomura9 | 2017-09-17 10:00 | ラッセルのパラドックス | Comments(0)

公理系と真理表

公理系と真理表の関係が思ったより直接的だったので対照させてみた。含意 A -> B の真理表は次のようになる。

A | B | A -> B
T | T | T
T | F | F
F | T | T
F | F | T

これに対応する LP 公理系の証明は次のようになる。個々の証明については前回の記事で紹介した。

A, B |- A -> B
A, ~B |- ~(A -> B)
~A, B |- A -> B
~A, ~B |- A -> B

仮定が A, ~B のときは結論が ~(A -> B) と否定形になっているところも、真理表に対応しているのが分かる。命題論理の完全性定理から当然なのだろうけれど、真理表が公理系で表現できるというのが不思議に思える。実はこの公理系の真理表で A が真値を持つかどうかは証明には関係ない。公理系の推論は命題の真偽ではなく、命題の記号の配列を推論の規則によって置き換えていくだけだからだ。したがって、A, B |- A -> B の証明で A の真理値が偽であったとしてもその証明は正当なものである。

ところで、この公理系の真理表について、仮定が ~A, B と ~A, ~B の場合を考えてみるが、演繹定理を使って次のように変形してみる。

~A |- B -> (A -> B)
~A |- ~B -> (A -> B)

これに命題論理の定理 (A -> B) -> ((~A -> B) -> B) を適用すると、

~A |- A -> B
~A |- A -> B

となって、仮定が ~A のときは仮定 B はなくても良くなり、抜け落ちることが分かる。A -> (B -> A) のように論理式がトートロジーの場合はどうなるだろうか。A -> (B -> A) の公理系での真理表はつぎのようになる。

A, B |- A -> (B -> A)
A, ~B |- A -> (B -> A)
~A, B |- A -> (B -> A)
~A, ~B |- A -> (B -> A)

A -> (B -> A) は公理だから別に証明をしなくても上の証明は成立する。このとき A -> B で述べた定理を使うと、

A |- B -> (A -> (B -> A))
~A |- ~B -> (A -> (B -> A))

から仮定 B が抜け落ちて、

A |- A -> (B -> A)
~A |- A -> (B -> A)

となり、さらに、

|- A -> (A -> (B -> A))
|- ~A -> (A -> (B -> A))

から、仮定 A も抜け落ちて、

|- A -> (B -> A)

となり結局のところトートロジーは仮定なしの公理系から証明可能である事が分かる。

この命題論理の完全性定理で重要な働きをするのが、

|- (A -> B) -> ((~A -> B) -> B)

という定理だが、つぎのように証明できる。

A -> B, ~A -> B |- A -> B
A -> B, ~A -> B |- (A -> B) -> (~B -> ~A)
A -> B, ~A -> B |- ~B -> ~A
A -> B, ~A -> B |- ~A -> B
A -> B, ~A -> B |- ~B -> B
A -> B, ~A -> B |- (~B -> (~B -> ~(~B -> B))) -> (~B -> ~(~B -> B))
A -> B, ~A -> B |- ~B -> (~B -> ~(~B -> B))
A -> B, ~A -> B |- ~B -> ~(~B -> B)
A -> B, ~A -> B |- (~B -> B) -> B
A -> B, ~A -> B |- B
A -> B, |- (~A -> B) -> B
|- (A -> B) -> ((~A -> B) -> B)

トートロジーは真理表で要素命題に真理値を割り当てた時の論理式の真理値だし、LP 公理系の証明は、公理と推論規則 modes ponens から演繹された論理式だが、両者は意外に対応関係がつけやすいことが分かる。

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# by tnomura9 | 2017-09-16 00:52 | ラッセルのパラドックス | Comments(0)

原子命題と論理式

命題論理ではそれ以上分解できない最も簡単な命題を原子命題といい A, B, C, ... で表す。一方 A -> B のように原子命題を命題結合子で結合した複合命題を論理式と呼ぶ。前回は任意の論理式、たとえば、A -> B のようなものが、原子命題に真理値を割り当ててそれを仮定すると、命題論理の公理系 LP で証明可能であることを示した。適当に作った A -> (B -> A) のような論理式がどれも LP 公理系で仮定 A, B から証明可能であるというのは不思議な感じがする。この不思議な現象の秘密の元は何なのだろうか。おそらく、それは LP 公理系そのものに潜んでいるのだろう。

LP では次のウカシェビッチの3つの公理と、A が定理で A -> B が定理なら B も定理であるという推論規則 modus ponens から次々に定理を紡ぎだしていく。次のウカシェビッチの公理はいずれも、真理表ではトートロジーになる。

A -> (B -> A)
A -> (B -> C) -> ((A -> B) -> (A -> C))
(~B -> ~A) -> (A -> B)

また modes ponens で推論する場合 A がトートロジーで A -> B がトートロジーであれば B もやはりトートロジーになる。

したがって、LP 公理系で紡ぎだされた定理はトートロジーになることは自明である。完全性定理では逆に任意の論理式がトートロジーであればそれは LP 公理系で証明可能であることを証明している。しかし、任意のトートロジーである論理式が証明可能であることをどうやって証明すればいいのだろうか。このあたりが命題論理の完全性定理の理解で苦戦するところだ。

それを解決するために A -> B のような論理式について考えてみる。論理式は論理式の文法規則によって原子命題と命題結合しを配列したものである。また、真理表は原子命題の真理値によって論理式の真理値を計算することができる。したがって、原子命題 A と原子命題 B の真理値が真である場合は、これを LP 公理系の仮定として採用することで、論理式を演繹することができる。この過程の下で任意の論理式を演繹できればよいのだ。例えば A と B が真であったとするとこれを仮定として採用して次のように様々な論理式が演繹できる。

A, B |- A
A, B |- B
A, B |- A -> B
A, B |- B -> A
A, B |- A -> (B -> A)
A, B |- ~B -> ~A

しかし、A, B が真であるという仮定からは ~A は演繹できない。なぜなら ~A は偽であるので、LP 公理系では A が真であるという仮定からは演繹できないからだ。

幸いなことに A, B のとり得る真理値は真のみではない、A が偽で B が真の場合もある。この場合には ~A が真となるので仮定は ~A, B を採用することになる。この場合には次のように ~A が真である演繹が公理系でできる。

~A, B |- ~A

しかし、この公理系では最初の公理系とは仮定が異なっているので同じラインで論じることはできない。たとえば、最初の仮定では A が証明可能だが、~A は証明可能ではない。また2番目の仮定からは ~A は証明可能だが A は証明可能ではない。しかし、仮定が A の場合でも ~~A は証明可能である。さらに、原子命題 A, B についてさらにつぎのような2つの異なる仮定の公理系を作ることができる。

A, ~B |- ~B
~A, ~B |- ~A -> ~B

このように原子命題 A, B の真理値によって4種類の異なる仮定の LP 公理系を作ることができる。この場合に注意しなくてはならないのはどの場合でも仮定の命題の真理値は真であるということだ。これは modes ponens の前提の命題はトートロジーでなくてはならないからだ。

原子命題 A, B の真理値によって仮定を変えることで様々な論理式を演繹できることが分かったが、問題は、この方法でどんな論理式でも証明できるような仮定を見つけることができるかということだ。幸いなことにそれは可能だ。論理式には文法があり、その文法に従わないものは論理式ではない。たとえば ~A は論理式だが A~ は論理式ではない。また A -> B は論理式だが、A B -> は論理式ではない。論理式とは、A の形のスキーマ、すなわち A を命題変数と考え、そこに任意の論理式を代入した肯定形のものか、~A の 形のスキーマ、すなわち、A を命題変数と考え、そこに任意の命題を代入した否定形か、A -> B の形のスキーマ、すなわち、A と B を命題変数と考えそこに任意の命題を代入した含意か3つのパターンをとるということだ。そうであれば、A、~A 、A -> B の3つのパータンを上の4つの仮定で演繹できれば任意の論理式の演繹が4つの仮定のもとで証明できることになる。

まず A だが、これは A が真であるという仮定を採用すると、

A |- A

で証明可能である。

また、~A は A が偽であるという仮定の下で、

~A |- ~A

で証明可能だ。ただし、~(~A) は ~A からは演繹できない。しかし、これは A から演繹可能である。

A |- ~(~A)

このことから、否定形の論理式は ~(~(~(...(~A)))) のどの形の論理式も A か ~A の仮定から演繹可能である。

A -> B の場合は B と ~A の二つの仮定のもとで証明可能である。

B |-> B
B |-> B -> (A -> B)
B |-> (A -> B)

~A |-> ~A
~A |-> ~A -> (~B -> ~A)
~A |-> ~B -> ~A
~A |-> A -> B

ただし、A -> B は A, ~B からは演繹できない。なぜなら ~A はこの仮定では演繹不可能だからだ。しかし、次のように ~(A -> B) は演繹可能である。

A, ~B |- A
A, ~B |- ~B
A, ~B |- A ->((A -> B) -> B)
A, ~B |- (A -> B) -> B
A, ~B |- ((A -> B) -> B) -> ~B -> ~(A -> B)
A, ~B |- ~B -> ~(A -> B)
A, ~B |- ~(A -> B)

したがって、原子命題 A, B の可能な組み合わせについて A -> B または ~(A -> B) は証明可能である。これと ~A についての結果を組み合わせると、任意の論理式 Q について、Q または ~Q はその要素命題の真理値に応じて選んだ仮定によって演繹可能であることが分かる。

任意の論理式を要素命題の仮定から演繹できる仕組みは、LP 公理系そのものに備わっていたのだ。


追記

A |- ((A -> B) -> (A -> B)) -> (((A -> B) -> A) -> ((A -> B) -> B))
A |- (A -> B) -> A) -> ((A -> B) -> B)
A |- A -> ((A -> B) -> A)
A |- A
A |- (A -> B) -> A
A |- (A -> B) -> B
|- A -> ((A -> B) -> B)


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# by tnomura9 | 2017-09-14 02:03 | ラッセルのパラドックス | Comments(0)

命題と命題変数

命題論理の複合命題、たとえば A -> B のような命題を構成する要素的な原子命題 A, B には2つの意味がある。一つは 「空が真っ赤だ」というような特定の命題を指し示す記号としての役割だ。A = 「空が真っ赤だ」、B = 「明日は晴れだ」の場合 A -> B は「空が真っ赤だ、ならば、明日は晴れだ」という特定の命題を表す。

一方、A, B のもう一つの意味は命題変数としての意味だ。この場合 A, B は特定の命題を表すのではなく、任意の命題をそこに置くためのプレースホルダーのような役目をする。この場合 A -> B は命題 A と 命題 B の関係性を表しているだけで特定の意味を持っているわけではない。

この2つの意味を意識的に使いこなさないと、命題論理の証明が理解できない場合がある。たとえば、命題式 A -> B は LP 公理系で証明可能だろうかという問に対してはなんと答えたら良いだろうか。A, B を命題変数と考えたら明らかに証明不可能だ。なぜならば、A -> B は次の真理表のようにトートロジーではないからだ。命題論理の完全性定理から、公理から証明できる定理はトートロジーであるからだ。

A | B | A -> B
T | T | T
T | F | F
F | T | T
F | F | T

ところが、命題 A と 命題 B が特定の命題でその真理値が T であるとき、次の証明のように、A -> B は A, B の仮定のもとで証明可能になる。

A, B |- B
A, B |- B -> (A -> B)
A, B |- A -> B

この場合 A -> B の真理値は T である。なぜなら A, B ともに T だからだ。また、同時に仮定 A, B のもとで証明可能でもある。

それでは A -> B の A, B が命題変数であるばあいはどのように考えたら良いだろうか。この場合抽象的な命題としての A -> B はトートロジーではないので証明可能ではない。しかし、A, B に真理値が T だったり F だったりする場合に特定の命題を当てはめると証明可能な場合がある。A -> B の真理表をこの立場から再掲してみる。A, B が特定の命題であることをはっきりさせるために a, b と小文字で表示することにする。

a | b | ~a | ~b | a -> b | ~(a -> b)
T | T | F | T | T | *
T | F | F | T | * | T
F | T | T | F | T | *
F | F | T | T | T | *

a, b が共に T のときはこれを仮定すると a -> b が次のように証明できる。

a, b |- b
a, b |- b -> (a -> b)
a, b |- a -> b

a が F で b が T のときは a の仮定を ~a に置き換えると ~a は T なので a -> b が証明できる。

~a, b |- b
~a, b |- b -> (a -> b)
~a, b |- a -> b

a が F で b が F のときは a の仮定を ~a, b の仮定を ~ b で置き換えると a -> b が証明できる。

~a, ~b |- ~a
~a, ~b |- ~b
~a, ~b |- ~b -> ~ a
~a, ~b |- a -> b

a が T で b が F のときは a -> b は F になるので b の仮定を ~b に置き換え a -> b の結論を ~(a -> b) に置き換えると ~(a -> b) が証明できる。

a, ~b |- a
a, ~b |- ~b
a, ~b |- a ∧ ~b
a, ~b |- ~(a -> b)

ここで次のような表記を導入する。a' は a が T のとき a' = a で a が F のとき a' = ~a、b' は b が T のとき b' = b で b が F のとき b' = ~b、A = a -> b として A が T のとき A' = A で A が F のとき A' = ~A。

そうすると上の4つの関係は a' b' |- A' とまとめることができる。普通の仮定と証明の関係に似た記述だが、単一の証明を表しているのではなく上の4つのような場合の証明をまとめて表現しているので注意が必要だ。しかし、このことは、どのような論理式でもそれを証明する仮定の組み合わせを見つけることができることを示している。まるで魔法のようだが、再帰的に証明ができる。

詳しい証明は参考書を見てほしいが、これを仮定すると命題論理の完全性の証明は簡単だ。トートロジー A の要素命題を q1, q2, q3, ... , qm とすると上の表記で次のようになる。

q1',q2',q3', ... , qm' |- A'

ここで、qm が T の場合と F の場合を取り出すと、A' はトートロジーなのでつねに A' = A だ。したがって、

q1', q2', q3', ... , qm |- A
q1', q2', q3', ... , ~qm |- A

なので演繹定理から、

q1', q2', q3', ... , qm-1' |- qm -> A
q1', q2', q3', ... , qm-1' |- ~qm -> A

が証明され、詳細は省くがこのことから

q1', q2', q3', ... , qm-1' |- A

が証明されて qm の仮説が抜けてしまう。これを繰り返すことで、結局 A がトートロジーならば、

|- A

となって A は証明可能であることが分かる。

こんな証明を思いつく人は頭の中が想像もつかないことになっているに違いない。

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# by tnomura9 | 2017-09-12 03:23 | ラッセルのパラドックス | Comments(0)